ゆみ登場

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

「ただいま」

 隆は7階の自分の部屋に戻ると玄関に入っ
て言った。

「お帰りなさい。帰ってくるの早くない?」

 部屋の中からエプロン姿の女の子が出てき
て言った。

「今日は11階の岡島さんの一家を迎えに行
って、そのまま帰ってきたから」

 隆は上着を脱いでルームウェアに着替えな
がら話した。着替え終わると、愛犬のテリア
のメロディが嬉しそうに吠えながら隆に飛び
ついてきた。

「よーし、ただいま。メロディ」

 隆はメロディの頭を撫でながら言った。

「ゆみは今日は学校はどうだった?」
「うん。特にいつも通りだったよ。試験もう
まくできたよ」


 ゆみはエプロンで手を拭きながら兄に学校
であったことを報告した。

「ご飯もう少しでできるよ」
「うん」

 隆は、平日はいつも会社に仕事しに行って
いるので、夕飯や食事の支度は、ゆみの当番
なのだ。
 学校の帰りに学校のすぐ側のジョンソンア
ベニューのスーパーマーケットで食材を買っ
てきて作ったりしているのだ。

 重たい食材については、週末に兄と一緒に
車で買出しに行ったりもしているが。

 アメリカの学校は土日がお休みだ。お休み
だから、もちろん学校の校舎は土曜も日曜も
閉まっている。
 マンハッタンから程近い、ここリバデール
の街には日本から来た日本人が、いっぱい暮
らしていた。
 日本人は日本人同士で集まって暮らしてい
たほうが何かと暮らしやすい、という理由か
らかニューヨークに赴任してきた日本人は大


概リバデールの街に引っ越してくる。

 日本人の子どもの数も多いこの街では、そ
の日本人の子供たちが、転勤でまた日本に戻
った際に日本での学校の勉強が遅れないため
に土曜の閉まっている学校の校舎を借りて日
本人有志による日本人学校が開かれている。
 学校は週に土曜のたった一日、しかも午前
中の半日だけかもしれないが、ちゃんと日本
の学校で使われている教科書を使って勉強し
ている。
 クイーンズの方に行くと全日制の日本人学

校もあって、そちらに通っている日本人の子
どももいたりするので、リバデールに住む日
本人の子ども全員がこの土曜の日本人学校に
通っているというわけではないのだが、主に
リバデール近隣の現地の公立学校に通ってい
る日本人の子が通っていた。

 隆が学生だった頃は、クイーンズの全日制
の日本人学校に通っていたので、こちらの土
曜だけの日本人学校には通っていなかった。
 妹のゆみはリバデール現地の公立学校に通
っているが、ゆみも土曜の日本人学校には通


っていなかった。

 ゆみが生まれたのは、隆たち一家がニュー
ヨークに赴任してきた後のことだ。ゆみはニ
ューヨークの病院で生まれた。
 アメリカはアメリカ国内で生まれた子ども
には、皆アメリカ国籍が与えられる。
 そんなわけでアメリカで生まれたゆみには
アメリカ国籍と日本国籍の両方があるはずだ
った。日本で生まれた隆にはアメリカ国籍は
無かった。
 もちろん二人の両親も純粋な日本人、日本

国籍しか持っていなかったので隆たちの一家
でアメリカ国籍も持っているのはゆみ一人だ
けだった。

 ゆみが生まれてすぐに交通事故で二人は両
親を亡くしている。
 そのときのバタバタで日本大使館への手続
きが出来ず、ゆみが出生したことでアメリカ
には勝手に国籍を付加されたにも関わらず、
日本への登録は出来ずに、ゆみには日本国籍
が与えられなかったのだった。
 その後、高校を卒業した隆は、既に進学が


決まっていたコロンビア大学の入学を諦め、
父親の勤務していた商社に就職した。
 父親の勤務していた商社に就職できたのは
当時ニューヨーク支店の総務部で隆の父親と
同期で勤務していた岡島さんの尽力のおかげ
だった。
 そして隆は一人でまだ幼かった妹のゆみを
育ててきたのだった。

 高校を卒業したばかりの隆にはまだそんな
にお金があったわけでもなく、それまでに両
親が残してくれた財産と隆のニューヨーク支

店からのお給料でゆみは育てられた。
 当然、私立のクイーンズの日本人学校など
通えるはずもなく、近所の公立小学校に通っ
ていた。
 近所の公立小学校の授業は英語でアメリカ
の授業だった。そのため、ゆみは日本語の読
み書きは丸っきりできなかった。読み書きが
できないどころか普段学校ではアメリカの友
達と英語でばかり話しているので、日本語を
話すのもあまり得意ではなかった。
 それでも家では兄の隆とは一生懸命につた
ない日本語で会話していた。


 ゆみ自身も、兄は日本人だし、生まれてす
ぐ亡くなった両親も日本人だと理解していて
自分自身も日本語は下手かもしれないが日本
人だと思っていた。
 隆は、ゆみへは自分が大使館に手続きでき
ずに、ゆみが日本国籍を保有していないこと
は内緒にしていた。

 そんな理由もあって、ゆみは土曜の日本人
学校には通っていなかった。

「土曜日本人学校」につづく