野球観戦

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

「良明には話したのか?」

 夜、隆は、会社から帰ってきて、ゆみに聞
いた。隆が、会社からヤンキースのチケット
を三枚もらってきたので、ゆみが、学校で、
そのことを良明に伝えて、一緒に行くかどう
か誘うことになっていたのだ。

「ううん、まだ」
「今日は、学校で良明には、ぜんぜん会わな
かったのか?」
「毎日、良明君とは、学校で会っているよ。

だって同じクラスだもん」

 ゆみが返事した。

「そりゃそうだよな。同じクラスなんだから
毎日会っているよな」
「あたしは聞いたんだけど、良明君が、お返
事してくれないの」

 ゆみは、言った。

「シャロルも行きたいって。チケット三枚あ


るでしょ、ゆみと良明君とシャロルの三人で
行ったらダメ?ダメだよね、危ないよね」

 ゆみは、たぶん、いやぜったいに隆がだめ
って言うだろうって思いながら聞いてみた。

「え、三人だけで行くつもりなのか」

 隆は、ゆみからの提案を聞いて、思わず聞
き返していた。

「うん」

 ゆみは、小声で隆に返事した。

「ヤンキースタジアムは、ブロードウェイの
先だから、夜は、子どもたちだけでは、いく
ら男の子の良明が一緒にいても、女の子二人
だけでは、危ないだろうな」

 隆は、ゆみが思ったとおりの返事をした。

「そうだよね」
「良明は、返事をしてくれないのか?」
「良明君って、学校じゃ、ゆみとか、皆とな


かなかお話してくれないんだもん」

 ゆみが言った。

「じゃ、俺が良明に聞いてみるか」

 隆は、ゆみを見ながら言った。ゆみは、隆
にうんと返事しながらも、義明は自分の友達
なのに、お兄ちゃんに聞いてもらうのではな
く、自分でもっとお話をしたいなと思った。

「もしかして良明は、ゆみのことが、きらい

なんじゃないか?」
「そんなことないよ。お友達だもん」

と、ゆみは、隆の言葉に反対しながらも、兄
とは、ちゃんと話していた良明の姿を思い出
して、本当に嫌われているのかなって心配に
なってきた。

「よし、俺とおまえとシャロル、あと良明の
四人で行こう!」

 隆は、ゆみに言った。


「え?だってチケット3つしかないよ」
「いいさ、あと1枚分はスタジアムでチケッ
トを買い足せばいいだろう」

 隆は、ゆみに言った。

 会社からただでチケットが入手できたから
しがないサラリーマンの隆でも、ゆみを野球
に連れていってやれるのに、ゆみにお友達4
人と行きたいと言われたら、もう一枚は自腹
で買ってでも連れて行ってやるとか、俺も親
バカだなと隆は自分のことを思っていた。

ピンポーン!

 ゆみの家の玄関のインターホンが鳴った。

 キッチンで忙しくしているゆみに代わり、
隆が出て、玄関のドアを開けた。
 そこには、良明が立っていた。

「こんばんは」

 今日は、ヤンキースタジアムに野球を観に
行く日だった。木曜日なので、ゆみも、良明


も、昼間は、学校に行って帰ってきた後のこ
とだった。
 隆も、昼間は、会社で仕事をし終えて、家
に帰ってきたところだ。

「お、グローブ持って行くんだ」

 隆は、良明の手に持っている野球のグロー
ブを見て言った。

「ボールが、もし飛んできたら、キャッチで
きるかと思って」

 良明は、元気よくグローブでボールをキャ
ッチする格好をしながら、隆に話した。

「ゆみ、良明も、来たから出かけるぞ!」

 キッチンにいるゆみとシャロルに向かって
隆は叫んだ。二人は、まだキッチンの中で、
ごそごそ夜のお弁当を作っていた。
 ヤンキースタジアムに着いたら、皆で野球
を見ながら、お弁当を食べるつもりだった。
 いつもは、お弁当は一人で作るのだが、そ
の日はシャロルと一緒におしゃべりをしなが


ら作っているのでなかなかお弁当作りが進ま
ない。

「何をやっているんだよ」

 隆が、ゆみのことを待ちくたびれて、キッ
チンに入ってきた。

「お弁当を作っているの」

 ゆみは、ほっぺにご飯つぶ付けた姿で、料
理をしながら答えた。シャロルのほっぺにも

ご飯つぶが付いていた。
 シャロルは、ゆみと日本食のお弁当は初め
て作るので楽しくて仕方ない。
 ゆみも、大好きなシャロルとのお弁当作り
が楽しかった。もう野球なんか観に行かなく
ても、ここでずっとシャロルとお弁当作って
ここでおしゃべりしながらお弁当を食べても
いいかなと思っていた。

「お弁当でなくても、スタジアムで何か買え
ばいいじゃん」


 隆は、ゆみのほっぺに付いたご飯つぶを取
って、自分の口に入れながら、言った。
 いつも、野球観戦に行くときは、スタジア
ムのどっかの食べ物屋で買っていた。

「今日は、良明と一緒に行くからって、ゆみ
たち、張り切ってお弁当を作っているみたい
なんだよ」

 キッチンに入ってきた良明に隆が言った。

 ゆみは、最後のおかずを作る仕上げに夢中

になっていた。隆が出来上がったおかずを、
タッパーに詰める手伝いをしていた。

「あとは、俺が詰めておくから、お前たちは
用意して来い」

 隆に言われて、ゆみとシャロルは、キッチ
ンを隆に任せて、ゆみの部屋に行った。
 ヤンキースタジアムへは、車で出かける。
地下の駐車場から、隆の愛車のオールズモー
ビルでお出かけするのだ。
 助手席には、良明が座って、ゆみたちは、


後ろの席に座った。
 ゆみの膝には、お弁当の入った大きなバス
ケットがのっていた。
 ヤンキースタジアムは、ブロードウェイの
少し先にある。ゆみたちの家からは、車で山
を下って、少し行ったところ、20分ぐらい
で到着できる。
 初夏とはいえ、夜なので、車から見える周
りの景色は、だいぶ暗くなってきている。
 ヤンキースタジアムの脇には、精神病院が
あって、中から異様な奇声が聞こえている。

「なんかこわい」

 ゆみは、兄の隆の手とシャロルの手を、し
っかり握ったまま、急ぎ足でスタジアムの方
へと向かった。

「お兄ちゃん、良明君の手も、つないであげ
て」

 隆は、ゆみに言われ、良明の手を握ってあ
げようとした。良明は、ちょっと恥ずかしそ
うだった。


「恥ずかしいよな」

 そう言って隆は、良明と手をつなぐのはや
めたが、自分の横には、いるように命じた。
 隆は、受付でチケット3枚を見せて、あと
1人分のチケットを購入してから、スタジア
ムの中に入った。

「C3ってどこだ」

 隆は、チケットに書いてある番号を確認し
ながら、自分たちの席を探した。

 平日のナイターだというのに、かなりのお
客さんが入っていて、けっこう混んでいた。
 人がいっぱいで、どこがC3なのか、さっ
ぱりわからない。
 良明が、片手をあげて、右の方にある看板
を指差した。そこにC3の文字があった。

「良明君が、席見つけたみたい」

 隆は、良明の指差した方向を見て、そこに
C3の席を見つけた。


「お、すごい。よく見つけたね」

 隆は、皆を引き連れて、見つかった席の方
に、歩き出した。そこは、一塁側の真ん中辺
の席だった。

「けっこう良い席じゃないか」

 隆は、席に座ると言った。

「スコアブック」につづく