スコアブック

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

 夜、隆は、会社から帰ってきて、ゆみに聞
 三人掛けの席に、隆を真ん中にして、左に
義明、右側にゆみとシャロルが腰掛けた。
 試合が始まる少し前で、グランドでは、ヤ
ンキースの選手たちが試合前のちょっとした
練習のキャッチボールをしていた。
 大きなスコアボードの電飾には、ヤンキー
スのいろいろな応援メッセージが、大きく代
わる代わるに映し出されていた。
 試合が始まるスタジアムでは、売り子が、
いろいろなものを売りに来る。
 ビールを、いっぱい首からぶら提げたケー

スを持って売っている人、コカコーラやポッ
プコーン、フレンチフライを売っている売り
子さんもいた。
 隆は、いつもならば、フレンチフライとか
ビールを買ったりするのだが、今日は、ゆみ
がお弁当を作って、持ってきているので何も
買わずに済んでいた。

「なんか飲み物ぐらいは買うか?」

 隆は、ゆみに聞いてみる。ゆみは、お弁当
の入ったバスケットからお茶の入った水筒を


出してみせた。

「おお、用意がいいね。じゃ、今回は、何も
買わなくていいか」

 隆は、笑いながら言った。

 一通り、食べ物を売りに来ていた売り子が
売り終わると、スコアブックを持った売り子
が売りにやって来た。
 表紙に、ヤンキースの選手の写真が載って
いる薄い映画館のパンフレットみたいな冊子

を掲げている。

「あれが欲しい」

 ゆみは、隆におねだりした。

「じゃ、あれを一冊ずつ買おうか」

 隆は、そう言うと、良明とゆみ、シャロル
の三人に、一冊ずつスコアブックを買った。
 スコアブックとは、ヤンキースやその日の
対戦相手の選手たちの写真が載った映画のパ


ンフレットみたいな薄いカタログで、試合中
に誰が何を打った、みたいな試合の結果を、
鉛筆で日記のように書き込めるようになって
いるノートだ。

 良明は、日本では、何回かお父さんに、野
球場へ連れていってもらったことはあった。
 でも、アメリカでは、野球場に来るのは初
めてだった。せっかく、隆に買ってもらった
スコアブックだったが、使い方がよくわから
なかった。ページをめくって、そこに載って
いる選手の写真を見るしかなかった。

「ここにゲームの事を書くんだよ」

 ゆみは、隆の向こう側にいる良明に、声を
かけた。

「ここ、ここに、こういう記号とか見ながら
記入するのよ」

 ゆみは、良明に、自分のスコアブックを開
いて、見せながら説明した。
 隆は、ゆみが良明に説明する度に、間にい
る自分が、邪魔にならないように、後ろに仰


け反ってあげていた。

「良明、俺と席を代わろう」

 隆は、席を立って、良明の席と変わろうと
したが、良明は移動しようとしなかった。

「ほら、代わろう」

 隆は、良明を真ん中に座らせると、自分は
今まで良明のいた席に移った。

「俺が、真ん中にいても、しょうがないんだ
から。お前たち同じクラスが、もっともっと
仲良くなれるようにって、一緒に、ここに連
れてきてるんだから」

 隆は、そう二人に言った。

「ここに、こうやって書くんだよ」

 ゆみとシャロルは、隆と席を代わって、隣
りに座った良明に話しかける。スコアブック
の記帳の仕方を説明していた。


 良明は、ゆみとシャロルの言うことを黙っ
たまま聞いていた。
 今まで、隆の隣りだったときは、ゆみたち
には、聞こえないぐらいの小声だったが、良
明は、隆と二人で普通にお話をしていたのに
ゆみの横に来たら、急にお話をしなくなって
しまっていた。

「お話してくれないよ」

 ゆみは、隆の方を向いて、兄に助けを求め
たが、隆は、知らん振りしていた。

 隆は、わざと二人のほうは見ないで、野球
観戦に集中している振りをしていた。
 いつも、学校で過ごしているように、三人
で遊べってことらしい。ゆみとシャロルは、
お話してくれない良明と三人、普段の学校と
同じように過ごしていた。

 良明というのは、俺や良明のお母さんや妹
たちと一緒の時は普通に話せるのに、ゆみや
シャロルたち学校のクラスの子と一緒だと話
せなくなるのだなと、三人の様子を横目で眺


めながら、隆は気づかされた。

 スタジアム内に放送が流れた。

「立とう!」

 ゆみは、良明に言った。

「国歌斉唱」につづく