国歌斉唱

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

 スタジアムにいる周りの観客も皆、席を立
って起立している。
 これから試合が始まるので、その前に、ナ
ショナルランタンが歌われるのだ。

 オオ、セイキャンユーシー♪~

 アメリカの国歌が流されて、観客は皆、目
をつぶって、静かに歌を聞いていた。
 本日の国歌斉唱は、ニューヨーク出身のソ
ウル歌手・メリーブリッジだ。スタジアムの
大型スクリーンに彼女が歌う姿が映しだされ

ていた。ピッチャーが投げるグランドに立っ
て歌っていた。
 アメリカでは、いつも、野球が始まる前に
は、国歌が流れて、その歌を聞いてから、野
球のゲームは、スタートする。
 アメリカの国歌が終わって、皆が歌に拍手
喝采した。良明は、歌が終わったので、その
まま自分の席に座ろうとした。

「まだ、だめだよ」

 それを見て、ゆみは良明に言った。


 今夜の試合は、ヤンキース対ブルージェイ
ズだった。ブルージェイズは、トロントブル
ージェイズといい、カナダのトロント町のチ
ームだ。トロントは、アメリカではなく、カ
ナダの国の町だった。
 カナダのチームと対戦するときは、アメリ
カの国歌を歌った後は、ちゃんとカナダの国
歌も斉唱するのだった。
 アメリカとカナダは、お隣同士のとても仲
の良い国だから、皆カナダの歌のときも、ち
ゃんと起立して歌が歌い終わるまで聞いてい
る。良明も、もう一度席を立って、ゆみの横

に起立した。
 国歌が終わって野球のゲームが始まった。

 ピッチャーが、ボールを投げてバッターが
思い切り打った。試合の進行にあわせて、ゆ
みは、スコアブックに記帳していた。

「ゆみは几帳面だな。そこまで細かく書かな
くてもいいのに」

 ゆみが、一球ずつ、きちんとスコアブック
に記帳するのを見てシャロルは言った。


「良明は、別に、ここまで細かく書く必要な
いから、ゲームを観るの楽しみなさい」

 シャロルは、良明に向かって言った。

 良明は、シャロルのほうをみてニッコリし
た。シャロルの話す英語が全て理解できたわ
けではなく、なんとなく雰囲気でニッコリし
ただけのようだ。

 代打が出てきたりすると、スタジアムのス
コアボードには、その代打の選手が大写しで

表示され、賑やかなメッセージが流れる。
 観客席から見下ろす選手の姿は、テレビで
見るよりも、小さいのだけれども、スタジア
ムじゅうに花吹雪が飛んだり、手作りの大き
なバナーを振り回すファンの姿とか、賑やか
でテレビで見るよりも興奮する。
 良明もシャロルも興奮して、野球を眺めて
いるような感じだった。

「お腹すかないか」

 隆は、野球を観戦する合間に、ゆみに話し


かけた。良明やシャロルほどは、野球にそれ
ほど興味ないゆみは、持ってきたお弁当を広
げた。

「俺、仕事から帰った後だし、お腹すいてい
るんだけど」
「そうだよね。お弁当食べる?」

 ゆみは、膝に抱えていたバスケットを、差
し出した。

「シャロルはお腹空かない?」

「良明君は、夜ごはん食べた?」

 ゆみは、二人にも聞いた。

 良明は、ゆみのほうを向いて、首を横に振
った。お腹がへって、待ちきれなくなった隆
は、ゆみの膝の上のバスケットを広げて、お
にぎりを一つ取り出して食べた。
 ゆみは、バスケットからおかずの入ったタ
ッパーを取り出して、兄に渡した。
 隆は、箸でおかずを取って食べた。


 シャロルも自分がゆみと作ってきたお弁当
を食べている。

「美味しいね、ジャパニーズスタイル!」
「うん。あたしも、お弁当はジャパニーズス
タイルの方が好き!」
「本当にそうだね」
「良明君も食べるでしょ?」

 ゆみは、おかずを箸でつまんで、良明にも
差し出した。

「食べない?」

 ゆみは、自分が差し出したおかずを、良明
が受け取ってくれないので、聞いた。良明は
首を縦に振って頷いた。

「食べないって」

 ゆみは、良明が、夜ごはんを食べてくれな
いので、隆の方を向いて聞いた。隆は知らん
ぷりしているので、シャロルの方を見た。


「食べるよ」

 とシャロルは、ゆみに言った。ゆみは、お
にぎりをいつもの学校のように良明の口元に
持っていった。
 すると、良明は小さく口を開いて、おにぎ
りを食べた。

「ね、食べたでしょう」

 それを見て、シャロルは言った。

「食べようよ。卵焼き好き?」

 ゆみは、自分の作った卵焼きを、箸で取っ
て、良明の口に持っていった。
 良明は、自分の口元にきた卵焼きをようや
く食べた。

「美味しい?あたし、卵焼き大好きだよ」

 ゆみは、自分でも、一つ卵焼きを食べなが
ら、良明に言った。


「おにぎりは?鮭と梅、どっちがいい?」

 ゆみは、良明に、おにぎりの入ったタッパ
ーを見せながら聞いた。
 良明は、黙ったままなので、鮭のおにぎり
を取って、良明の口に持っていった。
 良明は、おにぎりも、ゆみに差し出されて
ようやく食べた。

「ちょっと恥ずかしくないか。スタジアムで
ごはん食べさせるのは」

 シャロルは、ゆみの食べさせているところ
を見て、ちょっと恥ずかしそうに言った。

「ううん。そんなことないよね」

 ゆみは、ぜんぜん平気で、良明に、残りの
おにぎりも食べさせていた。

「お腹、いっぱいだね」

 ゆみは、お弁当を食べ終わって、良明に言
った。良明も、一通り、ゆみの作ったお弁当


のおかずを食べ終わって満足そうだった。

「もう少し早く食べ終わってたら、デザート
にアイス買ってやれたのに」

 隆は、ゆみに言った。

「さっきまで、あっちに、アイス売りが来て
たから」
「え、アイス買ってくれるの?」

 ゆみは、嬉しそうに返事した。

「もうアイス屋さん、向こうにいなくなって
しまったよ」
「大丈夫よ!あたしたちが売店に行って、買
ってくる」

 ゆみは、隆に提案した。

「そうか。じゃあ、しょうがない。買ってき
ていいよ」

 隆は、そう言うと、お財布からお金を出し
て、ゆみに渡した。


「うわーい。ありがとう」

 ゆみは、大喜びで隆に言うと、良明とシャ
ロルの三人で席を立ち、売店に向かった。

「お兄ちゃんがアイス買ってきていいって。
一緒に行こう」

 ゆみは、良明の手を引いて、売店に走って
いった。グランドを囲むようにして、ひな壇
になったスタジアムの観客席、その観客席の
所々に、四角い穴の入り口が掘られている。

 その入り口をくぐると、スタジアムの裏側
に行ける。そこからスタジアムの出入り口に
出入りできるようになっている。
 その出入り口に向かう途中の廊下沿いに、
ぐるっといろいろな売店が並んでいる。
 野球のグッズショップからハンバーガー、
サンドウィッチなどの食事を売っている売店
などがある。デザート、お菓子類を販売して
いる売店もいくつかあった。

「デザート何にする?」


 ゆみは、手を引いている良明とシャロルに
聞いた。良明は、あっちこっちの売店をもの
珍しく、きょろきょろ眺め回していた。

「何を食べようか?」

 ゆみは、良明に聞いた。良明は、一件の店
を指差した。そこは、いろいろなスイーツを
売っているお店だった。
 ゆみは、シャロルや良明と一緒にその店の
中に入った。店頭では、美味しそうなベーグ
ルが焼かれながら、ぐるぐる回っていた。

「お兄ちゃんは、ベーグル好きだから、これ
にしようね」

 ゆみは、シャロルと話しながら、店内の奥
に入っていった。兄の分のベーグルは後で、
自分たちの分が決まってから、買おうと思っ
ていた。

「スタジアムデート」につづく