シングルハンダー

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第89回

 海王のオーナーの大久保さんは、シングル
ハンダーだ。

 若い頃、36フィートのレース艇に乗って
いた頃は、いつも若い男性クルーをたくさん
乗せていたのだが、クルージング主体の今は
いつも一人でヨットに乗っている。

 一人で全部ヨットを操船することをシング
ルで操船するから、ヨットではシングルハン
ダーと呼んでいる。

「マル、元気。おまえも大島に連れてきても
らったの?良かったね」

 麻美は、海王のデッキの上を走り回ってい
る黒い犬に声をかけて、撫でていた。

 大久保さんは、シングルハンダーといって
も、正確には、いつも愛犬のマルと一緒に同


乗していた。

 マルは、まっ黒い大型の犬で、細長い精悍
な顔つきをしている。
 顔つきが鋭いので、初めて会った人は皆、
大概、マルのことを恐がってしまうが、外見
とは、まったく異なり、とても甘えん坊の無
邪気な犬だった。

 今も、麻美に撫でられて、デッキでひっく
り返って、お腹を出して、麻美にすっかり甘
えてしまっていた。

 シングルハンダーのヨットマンは、人間の
クルーの代わりに、愛犬や愛猫と一緒に、ヨ
ットに乗っている人は、けっこう多かった。

「明日は、どうするの?」
「いや、特に船を出す予定はないので、陸路
で大島を観光して周ろうかと思っています。
海王さんはどうされますか?」
「岡田に移動して、月曜に横浜マリーナに戻
ろうかと思っています」
「岡田に?岡田って、入港できますか?」


 隆は、大久保さんに質問した。

 岡田というのは、大島の北側にある港のこ
とだ。さっき、元町港で出会ったヨットが行
くと言っていた港だ。

 波浮は、大島の最南端に位置しているから
ちょうど波浮とは、真逆の最北端の場所に位
置している。

 横浜から波浮まで、ヨットで来ようと思う
と、大島の島をぐるっと周り、けっこう到着

までに距離があるが、岡田は、大島の北側で
大島の港の中では、一番、東京湾よりに位置
しているので、横浜に戻るにも、波浮から戻
るよりは、近くて便利だった。

 だが、ヨットやボートの入港は、一時禁止
されていて、停泊できないというので、隆た
ちは、いつも波浮に来ていたのだった。

「最近、岡田港も、きれいになって、ヨット
やボートのことも歓迎してくれるようになっ
たんだよ」


 大久保さんは、隆やマリオネットの中野さ
んにそう答えていた。

「そしたら、横浜に戻るのも楽だし、俺らも
明日は岡田に行こうか」

 海王の大久保さんからの情報で、ラッコや
マリオネットの3艇で、明日は波浮から岡田
港に移動し入港することになった。

第90回につづく