また、式根島へ

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第58回

 次の日、ラッコは、三宅島を出航して、式
根島を目指して走っていた。

 隆としては、本当は今日一日ずっと三宅島
に停泊して、ゆっくり島を観光して、もう一
泊したかったのだが、休みの関係でそろそろ
三宅島を離れて、横浜方面の島に戻らなけれ
ばならなかった。

「式根島に戻ったら、この間、入港した港に
入るの?」

 洋子は、隆に聞いた。

「また、あの港がいいか?」
「ほかもあるなら、ほかの港も見たい」

 隆は、違うと返事した。

 今回は、式根島港ではなく、野伏港のほう
に入港予定だった。


 三宅島から式根島に向かうまでの間には、
神津島という島がある。
 来るときは、その神津島の太平洋側を走っ
てきたが、帰りは、静岡県側を走っている。

 太平洋側を走っていたときは、右にこそ、
神津島や伊豆七島が見えてはいたが、左側は
太平洋の海が広がっていて、外海を走ってい
るという感じだった。
 今回は、静岡側なので、左側に神津島など
伊豆七島を見て、右側には静岡の伊豆半島が
見えている、陸地に囲まれているので、外海

という感じはしない。

「伊豆半島の港を、周ってみるのも楽しいと
思うよ」
「そうだよね。南伊豆とか、いい温泉とかい
っぱいあるって聞くものね」

 隆と洋子は、静岡のほうを眺めながら、い
つか伊豆半島もクルージングで巡ってみよう
と話していた。

 ラッコは、野伏港に近づいていた。


「隆さん、ステアリングを代わって」

 ずっとステアリングを握って操船していた
佳代が、隆に声をかけた。

 隆がフォアデッキから起きあがって、コク
ピットにやって来て、佳代とステアリングを
代わった。

「入港するから、フェンダーを用意してくれ
るかな」

 隆の合図で、ラッコのクルーたちは、フェ
ンダー、船の船体を守る防舷材を、手に持っ
て、ヨットの左右に行って、そこにぶら下げ
た。

 後ろからついてきていたマリオネットのク
ルーたちも同じように、自分たちの乗ってい
るヨットの左右にフェンダーをぶら下げてい
るのが見えた。

 同じ式根島の港なのに、式根島港に比べた
ら、野伏港は、大型船も入稿していて、ずい


ぶんと賑やかな港だった。
 港内には、大きな漁船や旅客船、東海汽船
が停泊していた。

 港からずっと丘の上のほうに向かって、建
物がびっしりと建っていた。
 式根島港は、自然が豊かな港という感じだ
ったが、こちらは、民家がつながっていて、
同じ式根島だというのに、趣きが全く違って
いた。

 こちらの港近辺の道路には、おしゃれな水

着姿の若者がたくさん歩いていて、まるで原
宿の街が、ここまで移動してきたような雰囲
気だった。

 ラッコとマリオネットは、狭い野伏港内に
空き場所を見つけて停泊した。

「ここは、本当に賑やかな島ね」

 もう30代になる麻美には、港の前の道を
水着や短パンで歩いている男女の若者たちの
姿は眩しすぎた。麻美は、彼らを眺めて目を


白黒させながら驚いていた。

 今までの伊豆七島の島々は、どこも自然豊
かで静かな島だったが、ここ、野伏港の周辺
の町は、今までの島とは様子がまったく異な
っていた。

 港の前から海岸のほうに向かう道には、ず
らっと若者向けのファッションショップが並
んでいて、それらの店は、丘の上のほうまで
ずっと続いていた。

 そのお店でのショッピングを楽しもうと、
10代、20代の水着姿の若者たちが集団で
わいわいと騒ぎながら、歩きまわっていた。
 港の向こうの海岸、ビーチも、若者たちで
溢れかえっていた。

「まるで、東京の原宿が、町ごと引っ越して
きてしまったみたい」
「なんか、この賑やかさには、俺はちょっと
ついていけないな」

 麻美と同い年の隆は言った。


 雪も、洋子も、煌びやかな島の様子をみて
驚いていた。

「洋子ちゃんでもついていけないんだ」
「うん」
「ここは、ルリちゃんや佳代ちゃん世代の町
なのかも」

 麻美は、横にいる佳代の頭を撫でながら、
ルリ子に言った。

「私も、原宿のお店は、一回行ったことある

けど、あまり好みでなくて、好きじゃなかっ
たな」

 ルリ子は、麻美に答えていた。

「じゃ、うちで言ったら、この町の雰囲気に
ついていけそうなのは、佳代ちゃん一人ぐら
いなのかな」

 麻美は、佳代の顔を見た。

 佳代は、麻美に、佳代ならば原宿の雰囲気


に似合いそうって言ってもらえて、少し嬉し
かった。
 でも実は、高校生の頃、佳代は、友だちに
学校が早く終わった帰りに、原宿に行こうと
誘われて、一緒に行ったことがあったが、そ
のとき、友だちは皆、お店を次々に周って、
フリルが付いた可愛い服などを、試着したり
探したりしていたが、高校生の頃、地味だっ
た佳代だけは、原宿の派手な服には、ついて
いけずに、一人寂しく過ごしていたことを思
い出していた。

「後で、町のほうにも行ってみようか」

 麻美は、自分はそんな興味あったわけでは
ないが、佳代が喜ぶかなと思って、佳代に声
をかけた。

 佳代は、高校生の頃に、友だちと原宿に行
ったときのことを思い出して、自分もついて
いけないって断ろうかとも思ったが、優しい
麻美と一緒だったら、あのときに友だちにつ
いていけなかった自分でも、麻美と一緒だっ
たら楽しめるかなって思えてきた。


 結局、食材の買い出しもしなければならな
かったので、ラッコの乗員皆で町に繰り出そ
うということになった。

第59回につづく