予定変更

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第49回

 本日の目的地を、三宅島から新島に変更す
ることになった。

「とりあえず、今からでは、夕方までに三宅
島の港に到着できないから、今夜は新島港に
入れましょう」

 隆は、エンジンが直って、喜んでいる中野

さんに言った。

「そうですね。では、今日は、新島の港に入
港しましょう」

 隆に言われて、中野さんのマリオネットも
一緒に、新島に向こうことになった。

「ところで、新島の港は、どこらへんにある
のかな?私は、まだ入港したことないのだけ
れども、道順とか隆さん、わかりますか?」
「ああ、わかります。すぐそこの突端を越え


たところですよ。ラッコが先に行きますから
マリオネットさんは、ついてきて下さい」

 隆は、中野さんに言うと、洋子たちラッコ
のクルーと共に、自分の船に戻って、エンジ
ンをかけ、出発した。

「新島に行くの」
「うん。今からじゃ、暗くなるまでに、三宅
まではとてもじゃないけど、着けないよ」

 船に戻ると、麻美に聞かれて隆は答えた。

 ラッコが機帆走で出発すると、その後ろに
ぴったりとマリオネットがついて来た。

「ルリ子。そこの場所からでいいから、とき
どき後ろを振り返って、マリオネットが迷子
になっていないか見てあげてね」

 隆は、船尾のベンチに腰かけていたルリ子
に声をかけた。

「あーあ、今夜は三宅で一泊と思ってたのに
マリオネットのせいで、新島泊まりだよ」


新島に向かう間じゅう、隆は、ラッコのステ
アリングを握りながら麻美に愚痴っていた。

「そんなこと言っても仕方ないでしょう。マ
リオネットさんだって、エンジン壊したくて
壊したわけじゃないんだから。

「ね、洋子ちゃん」
「ええ」

 麻美に、いきなり振られて、洋子は、なん
となく笑顔で頷いてしまった。

「でも、エンジンの故障と言ったって、エア
噛んだだけだよ。そのぐらいならば自分たち
ですぐ直せるだろうってな」
「そうなの?エア噛みって、そんな簡単に直
せるものなの?」

 エンジンについて、あんまりよくわからな
い麻美は隆に聞いた。
 洋子は、隆に、そんなたいした故障ではな
いということを教えられて、驚いていた。

「隆は、ヨット歴長いんだから、簡単に直せ


るのならば、直してあげればいいでしょう」
「ヨットは、所詮、海の上では、自分で自分
のことは直せないといけないんだよ」
「それはそうかもしれないけど、私たちが側
にいて、助けてあげられることがあるときは
助けてあげたって良いでしょう」

 隆は、麻美にヨットでのトラブル時のこと
を説明していたつもりが、逆に、麻美に隆が
怒られてしまっていた。

 その晩の新島港は満車だった。いや、夏の

日の新島は毎晩のように満車だった。

 新島港は、多くのヨット・ボートで大混雑
していた。夏のお盆の時期の伊豆七島は、特
に新島は大渋滞してしまう。

 隆たちのように横浜、東京湾からやって来
るヨット・ボートはもちろん、湘南の相模湾
に停めているヨット・ボートに、静岡県内の
ヨット・ボートなど周辺各地のマリーナから
夏のレジャーを楽しもうと皆が一斉にやって
来るからだ。


 ただ、ヨット・ボートで港がいっぱいにな
ることを満車と呼んでいいのかどうかはよく
わからないが、満船なのだろうか。

「えらい混んでいるな」

 ラッコは、新島港内に入港した。

 ラッコの後ろにくっついてきていたマリオ
ネットも入港してきた。

 港内の岸壁は、どこもヨットやボートがび

っしり停まっていて、ラッコたちの停める場
所などどこにも無かった。
 どこかに空きが無いかと探しながら、停め
る場所が無いので、グルグルと港内の真ん中
で周っているしかなかった。

 やっと、大型のパワーボートと37フィー
トのジャヌー、フランス艇の間に、ラッコ一
艇ならば停められそうな隙間を見つけた。
 ジャヌーのデッキ上には、キャプテン帽を
かぶったヒゲ面の優しそうなおじさんが立っ
ていて、しきりにラッコたちの方に手を振り


ここが空いているから来い、と手招きをして
いる。

「あのおじさん、呼んでくれているよ」

 麻美が、バウデッキから隆に言った。

 確かにそこの場所なら、ラッコ一艇なら停
められそうだ。しかし、後ろにいるマリオネ
ットが停められる場所が無さそうだ。

「すみません、せっかくなんですけど、後ろ

の船も一緒なんですよ」

 あんまり一生懸命に手招きしてくれている
ので、無視するわけにもいかず、ジャヌーの
側まで近寄って、おじさんに、後ろの船も一
緒だからとお断りの挨拶をした。

 おじさんも理解してくれたようだった。

「式根島港に行けば、まだ空きがいっぱいあ
るよ」


 おじさんに断った後も、停める場所を探し
て、港内をうろうろしていたラッコに、ジャ
ヌーのおじさんが教えてくれた。

 おじさんによると新島港は、ご覧の通りの
チョー満員かもしれないが、式根島港はガラ
ガラだと言うのだ。
 おじさんのジャヌーは、昨夜は式根島港に
停泊して、今朝になって新島港にやって来た
のだという。

「どうする?式根島港に行こうか」

「式根島港ってここから遠いの?」
「すぐ目の前だよ」
「それじゃ、ここに停める場所が無いのだも
ん。仕方ないよ。そっちに行きましょう」

 麻美は言った。

 ラッコのデッキ上で、しばらく乗組員同士
の停泊場所会議があってから、ラッコとマリ
オネットは、新島をあきらめて式根島港に向
かうことになった。


 情報を教えてくれたジャヌーのおじさんに
お礼の挨拶をしてから、新島港を出た。

第50回につづく