人形劇鑑賞

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

 ゆみは、次の日の朝、学校に行くと良明君
に話しかけた。話しているのはゆみだけで、
良明はずっとゆみに頷いているだけだった。
 二人が話していると、マイケルとシャロル
も登校してきた。

「おはよう」

 2人の話しているところへ、シャロルもマ
イケルも加わった。

「ヨシュワキーではなくて、名前は良明君っ

て言うのよ」

 ゆみが、ロールパン先生が紹介してくれた
ときの良明の名前を、2人にも訂正した。

「ヨシュアキ…」
「ヨシ、アキ…」

 ゆみに訂正された良明の名前を二人が一生
懸命発音しようとしていた。
 最初は、言いにくかった名前も、子どもで
順応性があるせいか、何度か言い直している


うちに、2人とも普通に良明と発音できるよ
うになっていた。

 ロールパン先生がやって来たので、マイケ
ルが早速うまく発音できるようになった良明
の名前をロールパン先生に言ってみせた。
 ロールパン先生も、マイケルに説明を受け
て、必死に発音しようとした。

「ベリーハード(難しい)」

 ロールパン先生は、大人で子どもと違って

発音の順応性が悪いみたいで、なかなかうま
く発音できないでいた。
 ロールパン先生は、しばらく必死で、良明
の発音しようと努力していたが、外の廊下を
ほかのクラスの生徒たちの通る騒音で騒がし
くなっているのに気づいて、クラスの朝の授
業の連絡を始めた。

「今日は、学校に人形劇がやって来ます」

 ロールパン先生は、クラスの皆に伝えた。


「人形劇は、学校の体育館の横の講堂で開催
されます。皆、そちらに移って午前中は、人
形劇を鑑賞しましょう。午後は劇が終わった
らそのまま解散になります」

 ロールパン先生は、皆に言った。

「なので、バッグなどの荷物は、一緒に持っ
て講堂に移動してください」

 人形劇を見るために、授業がなくなるって
聞いて、他のクラスの生徒たちは嬉しそうだ

ったが、さすがに、ゆみたちのクラスは学年
一の優等生クラスなので、そこまではしゃい
では、いなかった。

「その代わり、明日までに人形劇の感想文を
書いてくるように」

 ロールパン先生は、ホームワークの課題を
皆に指示した。

 学校の講堂、ホールは、地下の食堂から階
段で一つ上がった所にある。


 一回、地下の食堂まで降りきってから、一
階分上に上がって行ってもいいのだが、3階
のゆみたちの教室から食堂に降りるほうの階
段ではなく、反対側の階段を降りていくと、
1階のエントランス、職員室に出る。
 そこの前を通り抜けてまっすぐ下っていく
と、突き当りが講堂だ。
 突き当たりの左側が講堂、右側が体育館に
なっている。

 学校の生徒皆それぞれに、人形劇を見るた
めに講堂へ移動し始める。

「人形劇を見に行くから、講堂に行こう」

 シャロルと一緒に、ゆみも席を立ってから
まだ座っている良明君にも声をかける。

「人形劇が終わったら、そのまま帰れるから
荷物も持っていくのよ」

 ゆみが良明に説明した。良明はバッグを抱
えて持っていたが、別にゆみに言われたから
というわけではなく、良明はいつも学校では
バッグを肩からぶら下げたままでいる。


「忘れ物ない?」

 ゆみが良明に尋ねると、良明は黙ったまま
ゆみに頷いていた。
 最初会った時は、どうして良明君っておし
ゃべりしてくれないんだろうと不思議に思っ
ていたが、最近はゆみも良明が黙って首を縦
に横に振ってくれるだけに慣れてきていた。

「じゃ、行こう」

 ゆみは、良明、シャロルに、マイケルも一

緒に講堂へ向かった。
 ゆみたちは、学校の講堂に着くと、そこは
大混雑だった。学校じゅうの生徒が全員、人
形劇を見るために、ここへ集まってきている
からだ。

「すごい混雑ね」

 ゆみは、横にいるはずのシャロルに英語で
声をかけた。声をかけながら、横を見たが、
そこには、シャロルの姿がなかった。


「あれ?シャロルどこ」

 この混雑で、シャロルとはぐれてしまった
ようだ。シャロルだけではない、一緒に来た
はずのマイケルとも、はぐれてしまった。
 良明だけは、教室からゆみが手を引いて、
ここまで一緒に来ていたため、はぐれずに済
んでいた。

「皆、どこかに行ちゃったよ」

 ゆみは、良明に言った。良明は、黙ったま

ま、ゆみのことを見ていた。

「ね、始まってしまうから中に入ろうか」

 ゆみは、良明に言って、良明の手を引いて
講堂の中に入った。
 一緒に、人形劇を見ようと思っていたシャ
ロルとはぐれてしまったが、この混雑では、
どこに行ったのか探せそうもなかった。
 会場の中に入ってみると、会場内も大混雑
だった。ほとんどの席が、既に生徒たちが座
っていて、どこの席は埋まっていた。


「どうしようか?」

 ゆみは、良明のほうを見たが、良明は、黙
って立ったままだ。もう一度、会場内を見渡
すと、2人のすぐ近くに2人分の空いた席が
あった。

「あそこ。空いているよ。行こう」

 ゆみは、良明の手を引いて、そこの場所を
目指した。

「よかった。ちょうど空いていたね」

 良明を、椅子に座らせてから、ゆみも、そ
の隣りの座席に腰掛けた。本当は仲良しのシ
ャロルとも一緒に観たかったのだが、こう混
んでいては仕方がない。

「はじまったよ」

 ゆみは、隣りの席の良明に言った。

 それと同時に、まもなく会場の明かりが暗


くなり、ステージが明るくなった。
 ステージには、黒い幕が張られ、その幕の
前の舞台に人形が現れ、話している。人形は
英語で話しているので、言っていることは、
良明にはわからないが、人形が森や町の背景
で動き回る様子はわかった。
 人形は、ときおりジョークのようなことも
言って、その度に会場は、笑いで包まれてい
た。ゆみも、その都度いっしょに笑顔で笑っ
ていたが、良明は、英語のジョークがわから
ないらしく、笑ってはいなかった。

 小学校の、高学年の子よりも比較的、低学
年の子のほうが、人形劇に夢中になっている
ようだった。高学年の子たちには、人形劇は
少し幼すぎたのかもしれない。
 ゆみは、今は飛び級で5年生だが、実際の
年齢的には、3年生なので、この人形劇をけ
っこう楽しめていた。

 会場が明るくなった。

 まだ人形劇は、終わったわけではなかった
が、前半が終わり、後半の前に、いったん休


憩に入ったのだった。
 この間に、トイレに行きたい生徒は、トイ
レに行っていた。
 ゆみは、きっと講堂の前のトイレも、すご
く混んでいるだろうなって思い、トイレには
行かないで、座席に座ったまま後半のスター
トを待っていることにしていた。

「良明君は、トイレ大丈夫?」

 ゆみは、隣りの良明に質問した。良明は、
首を横に振って頷いた。2人が、後半の始ま

るのを座席で待っていると、

「ゆみ。ここにいたの」

 シャロルが、2人に気づいて、前の方から
近寄ってきた。

「シャロル、どこにいたの?」

 ゆみも、シャロルの姿に気づいて聞いた。
シャロルが、前のほうの席を指差したので、
ゆみはそちらを見たら、マイケルたち、クラ


スの皆も、そこに座っていた。

「そっち、席空いている?」
「もう空いていないかも」
「それじゃ、しょうがないね。あたしたちこ
こで観るわ」

 それから、ゆみとシャロルは、そこで後半
が始まる休憩中ずっとおしゃべりしてから、
シャロルは前の方の自分の席に戻った。

ブーー。

 講堂内に、開演が始まるブザーの音が、鳴
り響いていた。

「人形劇、はじまる」

 ゆみは良明に言った。会場が暗くなり、人
形劇の後半が始まったので、ゆみも続きに集
中する。
 良明は、人形劇にあきてしまったのか、横
にいるゆみの長い髪を引っ張ってきた。

「だめよ。痛いから」


 ゆみは、自分の髪をなでながら、良明に言
った。良明は、すっかり人形劇にあきてしま
った様子だった。

「今日見た人形劇の感想文を、明日までに書
いてこなくちゃいけないのよ」

 ゆみは、良明に説明した。ゆみの日本語が
良明にちゃんと通じたかどうかはよくわから
なかった。

 貧しい主人公が、船に乗って、外国を訪ね

ていく話だった。その話の内容を、ゆみは、
良明にも、小声で一生懸命日本語で説明して
いた。良明は、ゆみの説明がわかったのか、
わからなかったのか遊びの方に夢中だった。
 ゆみのバッグに、ぶら下がっている動物の
ぬいぐるみのストラップを、座席のへりを歩
かせていた。

「謎が解けた」につづく