出航準備

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第45回

 夏のクルージングは、一週間かけて伊豆七
島を巡ってくる予定だった。

 夏のクルージングに出かける前の週の日曜
日は、そのクルージングに出かけるための準
備のために、普段のデーセーリングから少し
早めにマリーナに戻って来た。

 前回の千葉クルージングは、一泊だけだっ
たので、特に大がかりな準備などしなくても
気軽に行ってこれたが、今回は、一週間、し
かも途中で食糧が無くなっても、なかなか食
料の補充が容易にはできない島が目的地だ。
 出かける前には、事前にしっかり準備をし
ておかなければならない。

 そんなわけで、日曜の朝にいつものように
集まって、ラッコを出航させたが、いつもの
ように夕方まで目いっぱい一日じゅうセイリ
ングして遊んで帰ってくるのではなく、少し


早めにマリーナに戻って来て準備をしようと
いうことになった。

 キャビンの中もちゃんとお掃除をして、一
週間とはいえ、そこに暮らすのだから、住み
やすく物を整頓した。

 船首のフォアキャビンには雪、そのすぐ後
ろのダイニング兼ベッドルームには洋子とル
リ子、船尾のオーナーズルームには隆、麻美
に佳代の三人が寝ることになった。

 前回の千葉クルージングに行ったときと同
じ寝る場所の配置だった。

 それぞれの寝床の近くのハンギングロッカ
ーを各自の私物を置けるロッカーにした。

 ギャレーの脇にあるハンギングロッカーは
皆の共通のロッカーにして、そこには各自の
オイルスキン、ライジャケやハーネスなどを
ぶら下げた。

 オイルスキンとは、ヨット用の雨合羽の上


下、完全防水で、しっかり着ると、荒れた海
のデッキで水しぶきを浴びても、洋服の中に
まで水が入ってこないようになっている。

 ライジャケはライフジャケット、

 ハーネスとは、犬の散歩用の鎖のようなも
ので、それを人間が身につけて、ハーネスの
先に付いているロープの先を、ヨットのデッ
キ上のどこか突起物に結んでおけば、万が一
ヨットが揺れて、足をすくわれても、ロープ
で結ばれているので、ヨットから海に落ちる

ことがないという安全グッズだ。

「買いだしに行こうか」

 だいたい船内の整頓、片づけが済んだとこ
ろで、隆が皆に言った。

 横浜マリーナの目の前には、店舗から海が
見えるところが売りのおしゃれなショッピン
グスクエアがある。

 ショッピングスクエアの中に入っているテ


ナントのほとんどは、ブティックやレストラ
ンだったが、その一番手前のところに大きな
スーパーマーケットが入っている。

 普通のイトーヨーカドーなどのスーパーと
比べると、輸入食品が中心のスーパーなのだ
が、通常の日用品も多く取り扱っているので
隆たち横浜マリーナに船を置いている人たち
も、クルージングの時は、食料の買いだしに
よく利用していた。

「カレーとかが簡単に作れていいかもね」

「そうめんとか冷蔵庫に入れなくても腐らな
いし、多めに買っておこう」

 麻美を中心に、ラッコの女性クルーたちは
買い物に夢中になっている。

 一緒に買い物をしていると、それぞれの日
常も見えてきたりする。

 雪は、30代で独身生活が長いから、料理
とかも得意と思われがちだが、普段は出来合
いのものを買ってしまうらしくて、あまり買


い物も上手ではない。

 かえって洋子のほうが、野菜を選ぶときに
も、傷み具合に気をつけていたりしている。

 意外だったのは、普段陽気で明るく振る舞
っているルリ子が、野菜やお肉の選び方に詳
しく、いいものをしっかり選定していた。
 ルリ子は、弟や妹など兄弟が多く、姉とし
てスーパーなどに母親とよく買い物に行って
いたらしかった。

 スーパーからヨットまで、買った荷物を運
ぶ担当は、隆と佳代が中心になった。


夜の出航

 伊豆七島へのクルージングは、夜に横浜マ
リーナの港を出航する。

 普段、あまり入港しなれていないクルージ
ング先の港の場合、夜遅くなって、暗くなっ
てからの入港は危険だ。


 暗くなってくると、港の入り口付近に浅瀬
があったり、港内に停まっていた小さな小型
船に気づかずにぶつけてしまうことがあるか
もしれないからだ。

 そのため、これから行くクルージング先の
目的地には、なるだけ昼間の明るいうちにた
どり着き、港に入港するのがおすすめだ。

 横浜から伊豆七島にヨットで行くには、伊
豆七島のどこの島に行くかによっても違って
くるが、伊豆大島などでは、だいたい12、

4時間ぐらいはかかる。

 いくら夏の日とはいっても、夜の7時ぐら
いには暗くなってくるだろう。
 夕方の5時を過ぎるあたりから周りは暗く
なり始めるだろう。遅くても夕方4時ぐらい
までには、目的地の港に入港し終えていたい
ところだ。

 それから逆算すると、前の日の晩、10時
もしくは11時には横浜マリーナを出航して
いたいところだ。


 横浜マリーナは、目の前の海面上に何艇分
かの保管スペースを持っており、そこの海面
にヨットやボートを係留保管しているメンバ
ーもいる。
 だが、隆たちのラッコは、毎回、大型クレ
ーンで上架して艇庫内保管している。

 夏のクルージングのように、長期でどこか
に出かけるのに、夜に出航したいときは、事
前にマリーナの事務所に連絡をしておけば、
その出かける日の昼間に、スタッフが大型ク
レーンで船を下ろしてくれて、海面にあるゲ

ストバースのポンツーンに係留しておいてく
れるのだ。

 隆たちは、仕事が終わってから、夜、マリ
ーナにやって来れば、そのまま船を出航でき
るのだった。

「こんばんは!」

 洋子は会社の仕事を終えて、横浜マリーナ
にやって来たら、隆たちの姿を見つけて、声
をかけた。


 いつもの日曜日だと、朝、集合して船を出
しているので、出会ったときの挨拶も、おは
ようだし、太陽が出ていて明るい。
 真っ暗な中、こんばんはと挨拶して出会う
のは、めったになく新鮮だった。

第46回につづく