夜のウォッチ

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第46回

 これから出航なので、隆は、しっかりと航
海計器のチェックをしていた。

 洋子は、まだ航海計器の使い方が、よくわ
からなかったが、隆のチェックしているのを
見ながら、操作方法を覚えていた。

 洋子は、卒業した学校は文系だったし、特

に理系で機械に強いというわけでもない。
 でも、会社でOLをしていて、パソコン関
係の操作方法に関しては、わりかし得意な方
だった。

「操作方法が、ちょっとパソコンとか携帯っ
ぽいよね」
「基本は同じだよ。同じ電子機器だからね」

 隆にそう言われて、改めて航海計器のボタ
ンとかを見直してみると、ファンクションキ
ーの位置とか、かなり普段、会社で使ってい


るパソコンや携帯電話と類似しているところ
が多かった。

 しばらく、あっちこっちのボタンをカチャ
カチャといじっていると、すっかり操作に慣
れてきてしまっていた。

「うわ、すごい!洋子ちゃん、もうGPSの
使い方をマスターしちゃったの」

 麻美が、手慣れた様子で航海計器のボタン
を触っている洋子を見て、感激の声をあげて

いた。
 もともと、あまり機械関係の操作が得意と
はいえなかった麻美は、30代になって、ま
すます機械の操作にうとくなってきてしまっ
ていた。

「最近、おばさんになってきちゃって、ます
ます最新の機械に疎くなっているのよね」
「それに老眼が始まって、パネルに表示され
る文字がチカチカと読みづらい・・」
「え、老眼はさすがにまだ無いけど・・機械
は苦手で、うちでもよく弟にバカにされる」


 麻美は、隆に突っ込まれたことに一応反論
しつつも、苦笑していた。

「よし、11時には出航しようか」

 隆の一声で、ラッコの横浜マリーナ出航時
間は、夜の11時に決まった。
 それまで、キャビンの中の荷物を、揺れて
も落ちないように、しっかり整頓したり、夜
寒くないように各自オイルスキンを着用して
ライジャケ、ハーネスを着けて準備した。

 準備が整ったところで、岸壁のポンツーン
を離れて、ラッコは夜の海へと走りだした。

「それでは、2グループに別れて順番にウォ
ッチをしよう」

 隆が言った。

 隆と洋子とルリ子の三人のグループ、あと
残りの麻美、佳代、雪の三人で別れることに
なった。


 最初に、隆たち三人のグループがヨットの
舵を取って操船する。
 朝の3時からは、今度は麻美たちのグルー
プが操船を担当することになった。

 操船を担当していないほうのグループは、
その間にキャビンの中に入って就寝しておく
のだった。

「それじゃ、私たちは先にお休みしていいの
よね」

 麻美は、隆に言って、佳代、雪の二人とキ
ャビンの中に入った。
 麻美と佳代は、船尾のオーナーズルームの
ベッドで一緒に寝る。
 雪は船首のフォアバースがいつもの自分の
寝場所だったのだが、

「走っているときの船首は、船が波を切る音
でうるさいから、中央で寝た方がいいよ」

 麻美の提案で、雪は、船首ではなく、ギャ
レー脇のダイニングスペースをベッドに模様


替えして、そこで寝ることにした。

 麻美は、雪の布団をロッカーから出してき
て、雪に渡して、雪がちゃんと寝るのを確認
してから、自分も船尾のベッドで就寝した。

「おやすみなさい」

 夏の日の夜の東京湾を、ラッコは機帆走で
快調に走っていた。

 横浜マリーナのある港内を出ると、すぐに

ラッコはメインセイルを上げた。
 夏の日の海面は、風も穏やかで、波もなく
鏡のようにフラットで凪いでいる。
 海は、とても静かだった。

 ラッコは、モーターセーラーとはいえ、ヨ
ットなので、メインセイルだけでなく、前方
のジブセイルも広げて、ちゃんとセイリング
したかった。
 しかし、セイリングするには、あまりにも
風が無さすぎだった。
 そのため、前方のジブセイルは閉まったま


まにして、セイルはメインセイル一枚のみ広
げて、エンジン、機走と併用して、機帆走で
走らせていた。

「洋子。舵を代わってくれ」

 隆は、舵を取っていたラッコのステアリン
グを、洋子に手渡した。
 洋子は、隆から舵を引き継ぐと、ラッコの
操船をした。

「1時間おきに交代して舵を取ろう。俺はも

う1時間舵を取ったから、次の1時間は洋子
の番、その次はルリ子だから」

 隆に言われて、洋子の後は、自分がラッコ
の操船をするのかと、ルリ子は緊張してしま
っていた。

「ほら、海を見てごらん。きれいだろう」

 隆に言われて、ルリ子は夜の海面を見た。

 遠くに見える陸地の明かりは光っているが


夜の海面は真っ暗だった。
 その真っ暗な中を、ときどき青白い光がキ
ラリと光っていた。

「え、何あれ?」
「夜光虫だよ。バクテリアかなにかの一種ら
しいんだけど、夜になると、自分の体をキラ
キラと光らせるんだってさ」

 ルリ子も、隆も、洋子までも皆、しばらく
夜光虫の光の美しさに、しばしうっとりして
いた。

「きれい」

 操縦席のほうから洋子が思わずつぶやいた
声を聞いて、隆は、操縦席のほうを振り返っ
た。洋子が、両手でステアリングを握りなが
ら、左舷の海面で光っている夜光虫に見とれ
ていた。

「こらこら、操縦している人は、船の前方か
ら目をそらして、わき見運転したらダメだろ
う」


 隆が、洋子に注意した。

 洋子は、あわてて前方をみて操船に集中し
ていた。

「さあ、時間だよ」

 1時間後、ルリ子は、隆に言われて、洋子
と操船を代わった。
 洋子は、ルリ子と操船を代わって、緊張の
糸がほぐれた感じでホッとしていた。

「お疲れさま。これで夜光虫を落ち着いて見
れるよ」

 隆は、船内のギャレーで暖かい紅茶をカッ
プに入れて、持って来ると洋子に渡した。

「ありがとう」

 洋子は、紅茶を飲みながら、サイドデッキ
に腰かけて、隆の入れてくれた紅茶を飲みな
がら海面の夜光虫の光を眺めていた。


 それから1時間経って、麻美たちのグルー
プが起きてくると、隆たちの三人は、それと
交代して船内に入った。

 ルリ子と洋子の二人は、ギャレー脇のダイ
ニングのベッドで並んで眠りについた。
 隆は、船尾のオーナーズルームの広いダブ
ルベッドで一人、大の字になって寝転んだ。

第47回につづく