早朝クルージング

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第47回

 朝の日の出の中、ラッコは気持ちよさそう
に海面を滑っていた。

「おはよう!」

 時刻は、朝の6時過ぎ。

 隆たち、夜のウォッチを先に担当していた

グループが船内から起きてきた。

 麻美たちのグループは、夏の朝もやの中、
気持ちよさそうにヨットを操船していた。
 舵を握っているのは、佳代だった。

 船は伊豆大島の左側を走っていた。隆たち
が、麻美たちと交代して船内に引っ込んだと
きは、ラッコは三浦半島の先っぽ、東京湾の
出口付近を走っていたので、ずいぶんと外海
に出てきたことになる。


「佳代ちゃん、すごいのよ!ずっと舵を持っ
てくれているの」

 起きたばかりで、まだ眠たそうな隆に、麻
美が言った。

「え、他の人は舵を取っていないのか?」
「ちゃんと取ったよ。雪ちゃんが30分ぐら
いかな。私もそのぐらいは取ったかな」

 あとは、全部、佳代が一人で操船を頑張っ
ていたらしい。

「それじゃ、疲れただろう。代わってあげよ
うか」

 隆がコクピットに来て、佳代と舵を交代し
てあげようと声をかけた。

「まだ、ぜんぜん大丈夫だよ」

 佳代は、隆の申し出を断って、しっかり舵
を取り続けていた。

 佳代は、もうすっかりベテランヨットマン


だった。同じ時期にヨットを始めたほかのク
ルーたちよりも、一番年下でチビだったが、
ほかのどの子よりもヨットの上達は確実に早
かった。

「それじゃ、朝ごはんを作ってこようかな」

 麻美は、一人船内に入って、ギャレーで皆
の分の朝ごはんを作り始めた。

 航海中、揺れる船内での料理なので、朝ご
はんは簡単に出来るものにしておこうと思っ

て、パン食にした。
 目玉焼きとベーコンを焼いていると、デッ
キにいたルリ子と洋子が、その匂いに気づい
て、麻美の食事の準備を手伝いしようと船内
に入って来てくれた。

「佳代ちゃんが外で舵を取っているし、朝ご
はんは皆で外で食べましょうか」

 麻美の発案で、隆と雪はデッキ上に大きな
パラソルを2本開いて日陰を作り、コクピッ
トにテーブルを広げた。


 ヨットのデッキ上で、プールによくある大
きな本格的なビーチパラソルを広げるヨット
はあまり無いだろう。
 スターン(後方デッキ)のコクピットが広
々としているナウティキャットのラッコなら
ではだろう。

 ルリ子がテーブルクロスを敷くと、麻美た
ちが出来上がったばかりの朝ごはんをテーブ
ルの上に並べた。

「いただきます」

 海は穏やかで、天気は快晴。

 のんびりできる夏らしいクルージング日和
だった。
 朝の食事が終わると、隆、麻美、雪の30
代おじさん、おばさん連中は、船首のデッキ
で、のんびりと寝転がって昼寝、いや朝寝を
楽しんでいた。

 佳代や洋子たち20代の若手連中は、コク
ピットで代わる代わるにステアリングを握っ
て、操船している。


 ラッコが目指しているのは、伊豆七島の三
宅島。
 三宅島は、御蔵島や八丈島を除いたら、伊
豆七島の中で一番先、遠くの島だ。

 まずは、一番先の三宅島に行ってから、式
根島、新島、大島と少しずつ東京に近い方の
島に立ち寄りながら、横浜に戻って来ようと
いう計画なのだった。

 海には波も一切無く、穏やかな海面をまっ
たく揺れることなく、ヨットは走っていたの

で、隆たち、昼寝組は、午前中のほとんどを
デッキで寝て過ごしてしまった。

 コクピットで操船をしているグループも、
風が無くて、セイリングができないため、と
きどき交代でステアリングを握っているだけ
で、後は、日焼け防止のビーチパラソルの下
のデッキチェアで、のんびり腰かけているだ
けだった。

 午前中、あまり動いていないため、お昼を
とっくに過ぎていたが、誰もそれほどお腹が


空かずにいた。

「お昼ごはん、どうしようか?」

 麻美は、デッキで目をつぶって寝転がった
姿のまま、横に寝転がっているはずの隆に聞
いた。

 隆の向こう側のデッキには、いつの間にか
洋子も来ていて寝転がっていた。
 隆と洋子は、頭を少し持ち上げて、デッキ
上のパイロットハウス前部の窓のところに寄

りかかって、おしゃべりをしていた。

「お昼か。お腹どう?」
「ずっと寝転がっているだけだったから、そ
んなにお腹は空いていないけど」

 洋子は、隆に聞かれて答えた。

「確かに。俺もぜんぜんお腹空いていない」

 二人は、麻美に言った。


「だからって、お昼食べないわけにはいかな
いでしょう」

 麻美は、二人に言ったが、二人はぜんぜん
立ち上がる気はなさそうだった。

「それじゃ、そうめんでも作ろうか」

 麻美は、よいしょっと立ちあがって、船内
のギャレーに向かった。

「佳代ちゃん、お昼のそうめんを煮ようか」

 途中、コクピットのところに座っていた佳
代と目が合ったので、麻美は、彼女に声をか
けてからギャレーに移動した。

 麻美に声をかけられた佳代は、そうめんを
作るのを手伝うために、笑顔で船内に駆け込
んだ。
 30代の麻美が、よいしょっと立ち上がっ
たのに対して、20代の佳代は、さすがに若
さだろうか、すぐに立ちあがっていた。

「私はサラダ作っているから、そうめんが茹


であがるのを見ててくれる」

 麻美と佳代が、ギャレーでお昼の料理をし
ていると、突然に無線が入った。

「ラッコさん、ラッコさん。聞こえますか?
こちらはマリオネットです」

 無線の相手は、マリオネットだった。

「はい。こちらはラッコです」
「こちら、エントラです」

 麻美が無線に出ると、マリオネットが答え
た。エントラとは、エンジントラブルを略し
てヨットマンが言っている言葉だ。

 何か事件が起こったようだった。

第48回につづく