ヨットの練習

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第103回

 次の日曜日、ラッコのメンバーはいつもよ
り早く横浜マリーナに集合していた。

 先週の日曜日に、雪とルリ子が暁のポンツ
ーンに着岸するのを手伝ったときに、うまく
もやい結びを結べなかったというのを聞いて
今週のセイリングは、少し集中して、ヨット
の練習をしようということになったのだ。

 別に、暁のオーナーの望月さんに隆が何か
言われたというわけではなかった。

 ルリ子が、麻美と電話で話しているときに
たまたま麻美たちがお休みのときのヨットで
の話になって、ルリ子が自分から暁の着岸の
手伝いをしたら、もやいを結ばなくて怒られ
ちゃったって麻美に話したのだった。

 そのことを麻美から聞いた隆が、それじゃ
今度の日曜日は、ヨット練習をする日にしよ
うということになったのだった。


「お弁当のおにぎりを作ってきたよ!」
「佳代ちゃんも一緒に作ったんだよね。佳代
ちゃんの作ったおにぎりのどれかには、中に
チョコが入ったおにぎりがあるんだよ」

 ルリ子は、お弁当の入った籐のバスケット
を手に持って、麻美に言った。

「そうなんだ。ルリちゃんたちのお弁当を、
お昼に食べるの楽しみ♪」

 麻美は、ルリ子の頭を撫でながら、笑顔で

答えた。ヨットの練習よりも、麻美にとって
は皆と毎週日曜、ヨットに乗れるのが何より
も楽しかった。

 レース艇の暁のクルーたちだと、来週の本
番レースのための練習、セールトレーニング
をやるなんていう朝は、クルーたちは、出航
前のマリーナに集まった時からレースの緊張
感が漂っていたりするのだが。

 でも、遊び、クルージングが主体のラッコ
では、今日は頑張ってセールトレーニングし


よう、なんて朝でも、お昼に食べるお弁当の
話をしていたりして、緊張感はなかった。

 ちなみに、ヨットでセイリングの練習をす
ることをセイルトレーニングと呼んでいる。

「よし、出航するぞ」

 横浜マリーナのスタッフに、クレーンで船
を下ろしてもらった。

 その船に乗った隆は、ステアリングを握る

と、ラッコは出航した。

 洋子たちクルーは、クレーンから飛び出て
いる突起などにぶつからないようにウォッチ
している。

「セイルを上げようか」

 ヨットが港の沖に出ると、隆の号令でセイ
ルを上げ、エンジンを止めて、ヨットは風の
力だけで走り出した。


「タックするぞ」

 セイルを上げて、しばらくセイリングして
から隆の号令で、クルーたちは、ヨットのセ
イルの向きを入れ換えてタックをした。

 タック、ジャイブとは、ヨット用語で右折
左折などヨットを方向転換させることだ。

 タックは風上に向かって方向転換すること
ジャイブは風下に向かって方向転換すること
を指す言葉だ。

 方向転換すると、ヨットが風を受けていた
方角が変わるので、クルーは、それにあわせ
てセイルを左から右、右から左にとロープを
引いて、セイルの位置を入れ換えてあげなけ
ればならないのだ。

 このタック、ジャイブを、乗組員のチーム
ワークでいかに早くスムーズにするかで、ヨ
ットレースなどでは、勝敗の行方が決まって
しまうのだ。

 だから、暁などのレース艇の練習では、タ


ック、ジャイブの方向転換を何十回となく練
習するのだった。

「そろそろ疲れたから、港に入れてお昼ごは
んにしようか?」
「賛成!」

 ラッコでは、わずか計7回のタックをした
だけで、今日はずいぶん練習したので、港に
入港して、お昼ごはんにしようかという話に
なっていた。

 暁の練習に比べるとだらしなく思えるかも
しれないが、それでもラッコとしては、かな
りの練習量をやった方なのだ。

 ラッコの普段の日曜日のセイリングでは、
タックをするのは、だいたい2~3回だ。い
や2~3回すればいい方で、1回しかしない
日だってけっこうあった。

 7回もタックをすれば、ラッコにしてみれ
ば、かなりの数のタックをクリアしたことに
なるのだった。


「お弁当食べよう!」

 洋子が皆に言った。

「今日のお弁当は、ルリちゃんのお弁当よ」
「佳代ちゃんも作ってるよ」

 ラッコの艇上は、いつもの明るい状態に戻
っていた。

第104回につづく