麻美の憂鬱

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第117回

 隆は、何かあったのかと直感していた。

 それまで、皆がセイリングしているところ
を、笑顔で見ていた麻美なのに、麻美の表情
から笑顔が消えて、言葉も少なくなって、や
がて麻美は、キャビンの中に閉じこもってし
まっていたのだ。

 その様子を見た隆は、麻美の笑顔がいつも
の明るい麻美と違うことに直感していたのだ
った。

 ラッコのオーナーでもあり、スキッパーで
もある隆は、セイリング中、航海中は、常に
周りの気象、海象に注意して、船を安全に航
海させなければならない。

 それに加えて、乗員の健康管理、体調にも
気を配っておかなけれなばならないのだ。


「雪。今、左から来る貨物船を、やり過ごし
たら、もう本船航路は、通過するから、そし
たら、俺は、少しキャビンに入るから、舵を
任せてもいいかな」

 隆は、ステアリングを握っている雪に声を
かけた。

「はい、大丈夫よ。ねぇ、洋子ちゃん」
「うん」

 隆は、雪や洋子にデッキ上のことは任せて

キャビンの中に入った。

 パイロットハウスの入り口から、中に入る
と、すぐのところのサロンのソファに突っ伏
す形で、麻美が座っていた。

「どうした?」

 隆は、麻美に声をかけた。

「え、どうもしないわよ」


 麻美は、笑顔を作りながら隆に答えた。

「大丈夫じゃないじゃん。なんか体調悪そう
じゃないか」
「ああ、なんか少し頭痛というか、目まいみ
たいな感じがするの」

 麻美は、今度は素直に、今の自分の状態を
隆に話した。

「昨夜の酒が回ったか?飲み過ぎで二日酔い
とか・・」

「そんなわけないでしょう。私、マリオネッ
トさんたちと起きていても、話の相手してい
るだけで、お酒なんて大して飲んでいないん
だからね」

 麻美は、ぐったりした表情で、隆のジョー
クに反論していた。

「麻美ちゃん、いつもお酒飲んでないもの、
皆のお酒が無くなっていないかとか、お料理
とかおつまみが足りていないか、いろいろ忙
しいんだから」


 佳代が隆に言った。

「そうか。ママは主婦業が大変だものな」

 隆は、佳代に返事しつつ、麻美の頭を優し
く撫でていた。
 麻美は、隆の優しく撫でてくれている行為
にも、ほんの少しだけ笑顔を見せるのがやっ
とだった。

「たぶん、海が荒れて揺れがひどいから、少
し船酔いしたのかもしれないな」

 隆は、麻美のおでこに手を当て、熱がない
か確認しながら言った。

「ここじゃなくて、後ろのベッドで、少し横
になっていろよ」

 隆は、ここで大丈夫と言う麻美を無理やり
船尾のオーナーズルームのベッドに横に寝か
せてやった。

「ここで横になったら、本当にこのままずっ
と寝てしまいそうなんだけど」


「いいじゃない。本当に寝てしまっても」

 隆は、麻美の背中をさすりながら答えた。

「それで、佳代も気持ち悪いんだろう。ほら
麻美の横が空いているから、ここに寝ろよ」

 隆は、麻美と一緒にいた佳代にも、声をか
けて寝かせようとした。

「私?私は、大丈夫だよ」

 普段通りの明るい元気な声で、佳代が隆に
返事した。

「佳代ちゃんは、大丈夫よ。私につきあって
一緒にキャビンに来てくれただけだものね」

 麻美がベッドから隆に言った。

「なんだ。だったら、佳代は、もう良いから
外で雪たちが苦労しているから、手伝ってや
ってくれよ」
「はーい!」


 佳代は、元気に敬礼をしてみせて、デッキ
に戻っていった。

 佳代の元気な姿を見ると、自分の具合の悪
いのも忘れて、ベッドの上でなんだか嬉しく
なる麻美だった。

第118回につづく