おしっこが出た!

ある日、突然どうやってもおしっこが出なくなった・・とてつもなく巨大なアレ- 前立腺肥大症 -との3ヶ月間にわたる大闘病記。

「あれ、なんか出そうだ!」

 クダから解放されて、15番の隣の診察室
の部屋から出ると、病院の廊下を歩き始めた
私は思った。
 まだ、これから1周し始めようかというと
ころだった。

「今回は、前回よりも早くに、おしっこ出た
くなった。これは、きっと幸先がいいぞ」

 病院の廊下を歩くのを止めた私は、突き当

たりを左折して、採血室の手前にあるトイレ
へと向かった。

 トイレの個室に腰かけると、おしっこが出
るのを待つ。待っている間もなく、おしっこ
は出た。
 いや、そんなに大量ではなかったが、なに
かしらのおしっこが出たのだった。

「やったー!これは、遂に出たぞ!」

 立ち上がって、便器の中を確認してみる。


「うん、これは・・」

 私は、便器の中に、ツーと下へ向かって流
れるような感じで、へばりついていたおしっ
この跡を見つけた。
 少し血が混じっていたのだろうか、赤いお
しっこだった。
 本来ならば、出たおしっこは、便器の一番
下の水が少し貯まっているところに落ちてい
くのだが、それは、余りにも出た量が少なか
ったためか、多少はツーと下へ向かって流れ
た形跡はあったが、真下の水が貯まっている

ところまでは到達せずに、便器の途中で止ま
っていた。

「出た・・」

 私は、便器の途中にこびりついているおし
っこの跡を見ながら、小声でつぶやいた。

「出た!おしっこが出たよ!」

 もしかしたら、それは決して、おしっこが
出たと言えるほどの量では無かったかもしれ


ないのだが、こびりついているおしっこの跡
も、やや血が混じっているのか、赤い色をし
ているかもしれないけど。
 でも、遂に、おしっこは出たのだ!

「おしっこ、出たんだ!」

私は、トイレの個室の中で、大声で叫びたい
ぐらいに興奮していた。

 赤い血だろうが、量が少なかろうが、おし
っこは、おしっこだ。

 この4週間ずっと待ち望んでいたおしっこ
が、遂に、今出たのだ。
 毎朝、毎晩、ごはんを食べた後に、ユリー
フのお薬を1錠ずつ飲み続けてきた、その効
果のほどが遂に出たのだ。

「おしっこ、出たんだ!!」

 これが、興奮せずにいられるものか。トイ
レの中で、病院じゅうの皆に聞こえるぐらい
の大声で叫びだしたかった。


「あれ、このおしっこ、どうやって先生に診
てもらったら良いんだろうか?便器ごと外し
て持ち上げられないし」

 私は、トイレの便器の中にこびりついてい
るおしっこを見ながら、考え込んでしまって
いた。

 そういえば、前回に、おしっこをわざわざ
診察室まで持っていって見せなくても、機械
で自分の身体を計れば、どのぐらいおしっこ
が出たかはわかると言っていた。

 だから、このまま便器にへばりついたおし
っこは、水に流してしまって、自分の身一つ
で診察室に戻れば良いのだ。
 一度は、そう思って、トイレの流すスイッ
チに手が伸びたのだった。
 しかし、せっかく出てきたおしっこを流す
ことはできなかった。

「機械で計ったらわかるというけど、出たの
は、ほんの数滴だ。こんな少ない量でも、機
械で出たことがわかるのだろうか?」


 そう思った私は、これはぜったい流したら
だめだろうと思った。
 とりあえず、ここから一番近い泌尿器科の
受付にいる看護師さんに来てもらって、確認
してもらおう、そう思ったのだった。

「呼んでこよう」

 私は、トイレの個室から外に出た。

 そのまま、トイレを飛び出し、泌尿器科の
受付まで飛んで行きたかったのだが、今まで

自分が入っていた個室の開いている扉を振り
返った。

「このまま、出て行ったら、看護師さんを呼
んでくる前に、誰かがやって来て、流れてい
ないトイレを発見して、流されてしまったら
どうしよう」

 そう思うと、その場から離れられなくなっ
てしまった。

「どうしよう?」


 私は、その場で考え込んでいた。

 せっかく出たおしっこが、誰かが来て、流
されてしまったら身も蓋もない。
 なんとかして、看護師さんに、出たおしっ
こを見てもらう方法はないだろうか。

 ふと、トイレの奥の方を見ると、手前側の
出入り口とは、別の出口が奥にあることに気
づいた。

「あの奥は、いったいどこに通じているのだ

ろうか?」

 手前の入り口から、トイレに誰も入ってき
ていないことを確認しながら、奥の通路のほ
うに行ってみた。
 奥の通路の入り口には、テーブルが置いて
あり、検査のためにコップに入れたおしっこ
が置かれていた。
 奥の通路は、おしっこ検査のための出入り
口のようだった。

「誰も来ていないよね」


 私は、表側の入り口から誰も入ってきてい
ないことを確認して、通路の先へ少し進んで
みる。通路の先では、男女のトイレが繋がっ
ていて、さらに先へと通路は伸びていた。

「血液とりますね」

 通路の先からは、採血室で患者の血を採血
している看護師さんの声が聞こえていた。
 この通路は、採血室に繋がっているのか、
採血室から検査のためのおしっこを取りに来
るための通路のようだった。

「採血室の看護師さんに見てもらおうか」

 私が、採血室の方に抜けていこうとしたと
き、トイレの出入り口の方から人の話し声が
した。慌てて、私はトイレの方に戻った。
 ちょうど、ご夫婦だろうか、お婆さんが、
お爺さんに付き添って、2人がトイレに入っ
てきたところだった。

「危なかった、流されてしまうとこだった」

 私は、おしっこがこびりついているトイレ


の個室にいた。その向こうのトイレで、老夫
婦は、おしっこの採取をしていた。

 いっそ、このお婆さんに、看護師を呼んで
くるまでの間、トイレを見ていてくださいと
頼もうかどうしようか悩んでいた。
 そうは思ったが、他人のおしっこを見てい
ろなんて、面倒くさがられそうだなと思い、
結局頼めなかった。

「そうだ。使用中ですってことが解れば良い
のではないか」

 そう思った私は、着ていたコートを脱いで
便器の上に被せた。却って、なんか厚手のコ
ートが便器に被っているのっておかしいなと
思えたので、慌ててコートを外すと、再び着
なおした。

「何かないか、何かないか」

 持っていたバッグの中をひっかき回す。

 と、いつも、出かけるときにおしっこの袋
を入れて、ぶら下げていた百均のバッグが見


つかった。

「これだ!」

 私は、その百均バッグを便器に被せると、
急いで泌尿器科の受付にいる看護師を呼びに
行った。
 受付の看護師は、診察については、よくわ
からないと泌尿器科の看護師を呼びに行って
くれた。

 泌尿器科の看護師を連れて、早く戻ってき

てくれないか気が気では無かった。
 もし、戻ってくる前に、誰かに百均バッグ
を脇にやられて、流されてしまっていたら。

「出たんですか?」
「ほんの少しなのですが」

 呼んできてくれた泌尿器科の看護師ととも
に、トイレへと戻って、無事出たおしっこを
見せることができた。

「ああ、これだけですか」


 あんなに大興奮して、おしっこが出た!と
喜び、看護師に見てもらうために、現状保存
したというのに、たったの、その一言だけで
やっとの思いで出した私のおしっこは、トイ
レの先へと、

ジャー

流されていってしまったのであった。

「あの悪夢が再び」につづく