あの悪夢が再び

ある日、突然どうやってもおしっこが出なくなった・・とてつもなく巨大なアレ- 前立腺肥大症 -との3ヶ月間にわたる大闘病記。

「あのー、もう少し頑張ってみます」

 私は、便器の中の流れていってしまった私
のほんの数滴の血が少し混じった赤いおしっ
こを恨めしそうに眺めながら、看護師に一生
懸命に直談判してみた。

「もう少し出そうなのですか?」
「たぶん、頑張れば・・」

 あまり、おしっこを出せる自信は無かった
が、それでも、なんとか看護師に頑張ってみ

るということは伝えた。
 もし、ここで頑張らずに、無理とか言った
ら、また診察室に戻って、クダを付けられ、
おしっこの袋をぶら下げることになってしま
う。それだけは避けたかった。

「とりあえず、お茶を飲もう」

 私は、15番の診察室に戻る看護師とは別
れて、再び、病院の廊下に1人になった。
 まずは、お腹を水分でガブガブにしよう。
そうすれば、おしっこがしたくて我慢できな


くなり、トイレへ駆け込み、おしっこが出る
だろうと思ったのだ。

「うーん、これは大きすぎるな・・」

 私は、病院の、廊下の自販機が置いてある
ところへ行き、自販機の中に売られているお
茶やジュースのボトルを眺めた。
 ペットボトルのお茶は、さすがに大きすぎ
て飲みきれないと思ったので、ブリックパッ
クのお茶にした。

 自販機の出口から出てきたブリックパック
を手に取り、付属の小さいストローをパック
に突き刺し、チューチューする。

「のんびり行こう」

 私は、自販機前のテーブルの空いている席
に腰掛け、窓の外の景色をゆっくり眺めなが
ら、お茶を味わうことにした。
 急いで飲むよりも、ゆっくり時間をかけて
お茶を飲んだ方が、おしっこにもなりやすい
ように感じたのだった。


「そろそろ歩いてみるかな」

 かなり、ゆっくりめに時間をかけて、小さ
なブリックパックのお茶を飲み干した後で、
席を立ち上がると、飲み終わったパックをゴ
ミ箱にに捨て、廊下を歩き始めた。

 ゆっくり、ゆっくり落ち着いて歩くように
自分に言い聞かせながら、病院の廊下を歩く
ようにしていた。
 その方が、ちゃんとしたおしっこが身体の
中で生成されるような気がしていたのだ。

 廊下を、ゆっくりと歩いて行く。

 廊下を反対方向から歩いてくる結構年配の
お爺さんとすれ違った。
 そのお爺さんも、結構ゆっくりと足を動か
し、歩いていたが、そのお爺さんよりも、私
の歩くスピードの方が遅かった。

「いいぞ、いいぞ。良い感じだ」

 年配のお爺さんよりも、ゆっくり目に歩い
ていた自分のことを、自分で褒めていた。


 ゆっくり目に歩いたからって、本当に、ち
ゃんとしたおしっこが生成されるかどうかな
んて、わからない。
 そもそも、おしっこに、ちゃんとした、ち
ゃんとしていない、なんてあるのだろうか。
 それでも、その時の私には、それが最善の
おしっこを出す方法に思えたのだった。

「あ、おしっこ・・」

 病院の廊下をゆっくりと何周かすると、私
は、なんとなくおしっこがしたいような感じ

になってきた。

「これで出るな」

 私は、廊下を歩くのを中断して、採血検査
室の手前のトイレに入った。
 そこで腰かけているのだが、おしっこは一
向に出てこない。

 いや、おしっこは、すごくしたいのだ。

 ゆっくり目に飲んだお茶は、良い感じで吸


収されて、おしっこに生成されたようだ。
 それが、病院の廊下を歩いたことで、やは
り良い感じに膀胱の中に貯まってくれている
ようだった。

「すごく出たい」

 気持ちは、おしっこをしたくて、したくて
たまらないのだった。
 なのに、トイレに座っても、おしっこは一
向に出て来なかった。
 この日の一番最初に、ほんの数滴だけだけ

ど、おしっこが出たのに、今は、ほんの数滴
でさえも、おしっこは出なかった。

「なんだろうな。おしっこ出ない」

 そのうち、トイレの中でお腹が張って、気
分が悪くなってきた。
 私は、トイレの壁に、頭をもたせかけたま
ま、必死で気分が悪いのをこらえながら、ト
イレに座り続けていた。

 しかし、おしっこは一滴も出なかった。


「もうダメだ。気持ち悪い」

 私は、トイレの個室の中で、必死で立ち上
がると、トイレから出た。

 トイレから出ると、またなんとなく、おし
っこが出るような感じがして、トイレに再度
こもってみる。しかし、おしっこは一滴も出
てこない。また、気持ち悪くなり、トイレか
ら出る。
 しばらくは、その繰り返しだった。

「あー、ダメだ。これは出ない」

 私は、いつの間にか、お腹が張って、気分
が悪くなって、まともに立っていることも出
来なくなっていた。

「もういい、おしっこよりも具合が悪い」

 私は、トイレを出ると、廊下の壁に付けら
れた手すりに必死に掴まりながら、採血室の
前を通り過ぎて、その先の突き当たりを左折
泌尿器科の15番の部屋を目指した。


 相当、具合の悪い顔で歩いていたのだろう
途中の採血室の前を通り過ぎるとき、大丈夫
ですかと採血室に常駐している看護師に声を
かけられたほどだった。

 必死の思いで、15番の部屋の前までたど
り着くと、そこの壁にずっと寄りかかったま
まの姿勢で、先生から呼ばれるのを待った。

 その壁の脇のところに空いているソファが
あったのだが、お腹が痛くて、腰を曲げてい
るよりも、立っている方が楽だったのだ。

 しばらく立ち姿勢のまま、ぐったりしてい
たが、だんだん立っているのも苦しくなって
きて、それでも腰を曲げるのはつらいので、
真っ直ぐの姿勢のまま、ソファの前に膝を曲
げて座りこむと、頭をソファにうつ伏せにし
て、ひっくり返っていた。

 そして、いつの間にか長いソファの場所が
全部空いていたのを良いことに、そこのソフ
ァにごろんと横になり眠ってしまっていた。

「大丈夫ですか?」


 30分ぐらい眠っていただろうか、しばら
くすると、いつもの看護師に身体を揺り起こ
された。

「あ、はい・・」

 真っ青な顔で、フラフラしながら看護師と
共に、15番の隣の診察室の中に連れていか
れる。
 そこのベッドに寝かされると、またクダを
身体の中に通され、クダの先には、おしっこ
の袋がぶら下がっている状態に戻された。

 身体にクダが繋がって、そこから表のおし
っこの袋に、おしっこが流れるようになると
今まで出れなかったおしっこが、喜んでおし
っこの袋の中へと流れ出していき、それと同
時に、真っ青で苦しかった私の表情からも、
苦しさが消えて、元気が戻ってきた。

「これは、一番最初に、この病院に運び込ま
れてきたときと全く同じ状態で、おしっこが
出ないから、お腹が張って苦しくなった。
また一番最初に病院に担ぎ込まれたときと同
じこと繰り返していますよ」


 看護師に言われてしまった。

「今うちにあるお薬は、今夜の分までしかあ
りませんよね。また、お薬を2週間分出して
おきますから、2週間後にまた来て下さい」

 看護師から追加のユリーフ2週間分の処方
箋をもらって、その日の診察は終わった。

 この日の診察は、前半はなんとか、おしっ
こを出すんだという気合いがあったけど、後
半は、おしっこを出すとか、出さないとかど

うでもよく、それよりも、ただただ具合が悪
くなっただけの診察だった。

「お薬を探そう」につづく