三原山の夜

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第93回

 隆が、入浴を終えて、お風呂から出てくる
と、皆は既にレストランに集まっていた。

 隆は、今夜の夕食はヨットに戻って、船内
で食事をしようと思っていたのだったが、隆
が男湯に入っている間に、麻美たちが、女湯
で話し合って、ホテルのレストランで食事し
ていくことになってしまったようだ。

 レストランの入り口には、大島フェアと書
かれたプラカードとともに、大島名産の食材
を使った料理のサンプルが飾られていて、女
性たちは、その料理に魅了されてしまったの
がレストランで食事していくことになった原
因のようだ。

「おお、舟盛りじゃん!」

 席についた隆は、目の前の舟のお皿に盛ら
れている刺し身を見て言った。


 確かに、そこのホテルのレストランの料理
は、美味しそうだった。

 魚以外では、大島に自生している明日葉を
使った料理が多く出てきた。

「夏に来たとき食べた波浮のレストランでも
明日葉のお料理がいっぱいだったね」
「あと大島牛乳ね」

 とても美味しい料理で、クルーたち皆、お
腹いっぱいになるまで食べて、たいへん満足

していた。

「帰りのバスがもう無いな」

 ホテルの表のバス停に行って、バスの時刻
を確認すると、もう既に岡田港に戻れるバス
の運行は終わってしまっていた。

「ホテルに戻って、港までタクシーを呼んで
もらおうか」
「お腹もいっぱいだし、運動を兼ねて歩きな
がら、タクシーを拾おうか」


 麻美が、ホテルに戻って、タクシーを呼ん
でこようとしていたが、皆は、夏ほど暑くも
なく、気持ちのいい夜なので、表の通りまで
歩いて戻ろうということになった。

 皆は、ホテルの前の道を、ぶらぶらと横に
並んで歩いていた。

 道は、舗装されているが、島の周りの景色
は、緑の中なので、秋の夜の港までの道を気
持ち良く歩けた。

「ルリちゃん、車、来ているよ」

 麻美が、道路側を歩いていたルリ子に注意
する。

 たまに、車がやって来ると、横に並んで歩
いていた皆は、道の脇に寄って、車を避けて
いた。

 ぶらぶら歩いていると、途中でタクシーを
拾うつもりでいたが、道路の先のほうに港の
入り口が見えるところまで歩いてきてしまっ


ていた。

「あ、タクシーが来たよ」

 麻美が後ろからやって来たタクシーを見つ
けて、皆を呼びとめた。

「もう、ここまで来たら、港まで歩いてしま
ってもいいんじゃないの」
「私は、もう歩けないよ。山道をずいぶん歩
いたもの。タクシーに乗るよ」

 麻美は、タクシーを呼びとめて、一緒に歩
いていた佳代と一緒に、タクシーに乗って走
り出してしまった。

「麻美が乗るなら、乗って行くよ」

 ほかの皆も、タクシーに集まって来たが、
全員は乗れそうもない。

 ルリ子だけが、前の助手席に乗って、あと
の隆、洋子、雪の三人は、歩いて港まで行く
ことになった。


 三人が港への道を歩いていると、後ろから
麻美たちの乗っているタクシーが追い抜いて
行った。

「それじゃ、お先に」

 タクシーの窓から麻美が手を振っていた。

「先にヨットに戻ったら、宴会の用意してお
いて!」

 隆が、走って行くタクシーに向かって叫ん

だが、隆の声は、タクシーの麻美たちにまで
は、届いていなかった。

第94回につづく