本部艇
本部艇

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第27回

「ただいま!本部艇をすることになったよ」

 どこかに行っていた麻美が戻って来た。

 麻美は、「暁」のオーナーさんに呼ばれて
クラブハウスで、今年初めての第一回目のク
ラブレース運営の事務処理を手伝っていたの
だった。

 事務処理といっても、クラブハウスの入り
口に仮設されたテーブルのカウンターで、レ
ース参加艇の船名とかを聞いて、受付をする
簡単なものだった。

 クラブレースの運営責任者は、望月さんと
いうレース艇のオーナーの方だった。
 望月さんのヨットは、オーストラリア製の
36フィートのレース艇だった。
 ヨットレースで勝つために設計、建造され
たヨットで、強風のときでも、微風のときで
も、どんな天気の日でも最大限にセイルに風


を受けて速く走れるように造られていた。

 キャビンの中も、隆のナウティキャットと
は違い、豪華な設備は一切排除して、船内は
できるだけシンプルに軽くなるように無駄な
ものを一切無くしていた。

 麻美も、前に望月さんのヨットの中を見せ
てもらったことがあったが、キャビンの最前
部の扉を開けると、そこに青い色のバケツが
一個だけポツンと置かれていた。
 望月さんは、そのバケツを手に取って、麻

美に見せながら、それが、このヨットのトイ
レだと自慢していた。
 レース中などにトイレに行きたくなったら
そのバケツに腰かけてトイレをするのだと言
っていた。麻美も、アウトドア好きで普通の
女の子よりは、大概のことは我慢できるつも
りでいたが、さすがにそのバケツでトイレす
ることは出来そうもないなと思った。

「本部艇?」

 隆は、麻美に聞き返した。


「そう、ヨットレースの本部艇を代わりにや
ってほしいって、望月さんに言われたの。
 本当は望月さんが自分のヨットで本部艇を
やるつもりだったんだけど、もしラッコで本
部艇をやってもらえるんだったら、望月さん
のヨットもレースに参加したいんですって。
 いいでしょう?別にラッコで本部艇をやっ
てあげても」

 麻美が隆に聞いた。聞いたというよりも、
本部艇をやることはもう決まったからという
事後承諾みたいな聞き方だった。

 ラッコで、クラブレースの本部艇をやるこ
とになったので、それからは出航準備に、ク
ラブレースの準備までも加わって、準備はさ
らに忙しくなっていた。

 洋子たち生徒を連れて、クラブハウスに、
ヨットレースで使うブイや旗など備品を取り
に行った。

 麻美とルリ子は、クラブハウスで最終的な
レース参加艇の数や船名を確認していた。
 参加艇の名前が書かれた用紙をバインダー


にはさんでラッコに持って帰る。レース中に
そこに参加艇の順位やスタート時刻、ゴール
時刻などを記入するのだ。

第28回につづく