図書室

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

「ルビン先生のところに行ってから、教室行
くね」

 ゆみは、お昼の時間が終わって、そうシャ
ロルに伝えてから、良明と一緒に午後のルビ
ン先生の教室に向かった。

 ルビン先生の教室に着くと、ほかの生徒が
まだ誰も来ていなかった。
 教室には、生徒どころかルビン先生の姿も
見当たらなかった。

「誰もいないね」

 ゆみは、良明に言った。

 良明は、あいかわらず黙ったまま、ゆみの
方を見ているだけだ。良明は、ゆみとはまだ
ひと言もしゃべってくれたことがない。
 二人がどうしようか、途方にくれていると
ほかの先生がやって来た。

「今日は、ルビン先生は風邪でお休みよ」
「そうなんですか」


「だから、日本人の子たちの英語の授業もお
休みにするしかないわ」

 その先生は、ゆみに説明した。

「どうしようか?お休みだって」

 良明は、何も言わずに、ゆみを見ているだ
けだった。

「一緒にうちのクラスに戻って、うちのクラ
スの午後の授業に出ようか」

「うん」

 良明は、小さく頷いた。

 ゆみは、良明の手を握ると、彼の手を引い
て自分の教室に戻っていった。
 その日の午後の時間は読書の授業だった。

「今日の午後が、リーディング、日本語でな
んていうのかよくわからない。本を読む授業
なんだ。だから教室でなくてライブラリ、本
がいっぱい置いてある教室に行って、そこで


お勉強するのよ」

 ゆみは、良明と教室でなく図書室に向かっ
て歩きながら説明した。
 図書室の教室は、ちょうど学校の入り口を
入ってすぐにある職員室の上の階、2階の一
番突き当りの部屋にあった。
 2階には、キンダーガーデン、幼稚園の年
長クラスがあって、ちょうどその隣りの教室
が図書室だった。

 良明は、ゆみに手を引かれながら、キンダ

ーガーデンの教室の前を歩いていた。最近で
は、次の授業に出るための教室の移動がある
ときは、ゆみが良明の手を引いて移動するの
が、ゆみたちのクラスではすっかり普通にな
ってしまっていた。

「良明君は本を読むの好き?」

 ゆみは、図書室に向かう途中、歩きながら
良明に質問した。良明は、ゆみの話を聞いて
いなかった。
 キンダーガーデンの教室の前を通り過ぎる


とき、教室の扉に付いている窓から、自分の
一番下の妹、理香の姿が見えたのだ。

 良明は、教室の中の妹から自分の姿が見え
ないように、身体をかがめて通り過ぎた。
 そして、ゆみにつながれていた手を振りほ
どいて、ゆみから少し離れて歩いていた。

「どうしたの?」

 ゆみは、急に手を離した良明のほうを見て
いた。ゆみは、教室の中にいる理香の姿には

全く気づいていなかった。

「あたしは、本を読むのは大好きなんだ。学
校のお勉強の本も好きだけど、小説とか読む
とおもしろいよね」

 良明は、黙ったまま聞いている。

 良明は、たまに頷いてくれるだけなので、
まるで、ゆみが一人でおしゃべりしているみ
たいだった。
 でも、最初会ったばかりの頃は、ゆみが何


か話しかけても、良明は、なんにも反応がな
かったが、今は手を引っ張ったり、頷いたり
してくれるので、それだけでも、お友達にな
れた気がして、ゆみは嬉しかった。

トントン・・・

 ゆみは、図書室のドアをノックしてから、
そっと開けて良明の手を引きながら、中に入
った。図書の先生が生徒たちの中央に立って
話していた。
 読書の授業は、もう既に始まっていた。

「ゆみちゃん、遅い」

 図書の先生は、ゆみに言った。

「ゆみちゃんは、良明をルビン先生のところ
に連れて行っていたのよ」

 シャロルが、先生に説明した。

 先生も、シャロルの説明を聞いて、それな
ら仕方ないわねと承知してくれた。
 ゆみは、シャロルの横に空いている椅子を


2つ持って来て座った。

「良明、どうしたの?」

 シャロルは、ゆみと一緒に、教室に入って
きた良明を見て言った。

「今日、ルビン先生がお休みなの。それで一
緒に、こっち連れてきた」

 ゆみは、シャロルに説明した。

「それでは、好きな本を選んできて、読んで
ください」

 先生は、皆に言って、クラスの生徒たちは
それぞれ図書室の本棚に行って、自分の読み
たい本をそれぞれ手に取っていた。
 棚にある本なら、どれでもいいから1冊読
んで、読み終わったら、その本の感想を、来
週のリーディングの授業までにまとめてくる
ようにというのが課題だった。
 来週までにまとめてきた本の感想を、それ
ぞれ皆の前で発表するのだそうだ。


 シャロルも、マイケルも、本棚に行って好
きな本を探してきて机で読んでいる。
 ゆみも、良明を連れて、本棚に行き、好き
な本を選んだ。本を選び終わると、机に戻っ
て、その本を読もうと思い、良明を見ると、
良明は、まだ立ったままだった。

「好きな本を選んで読むのよ」

 ゆみが、良明の側に寄っていって説明して
あげた。それでも、良明は、まだ棚の側でう
ろうろしているだけだった。

「そうか。英語の本じゃ、良明君読めないよ
ね?日本語の本はないわね」

 ゆみは、本棚に日本語の本がないか、少し
探してから言った。

「絵本とかがいいんじゃない」

 ゆみは、低学年向けの本の中に絵本が置い
てあるのを見つけて、良明に提案した。

 良明は、退屈してしまったのか、本棚の本


を取り出して、本を積み木代わりにタワーを
組み立てはじめた。
 良明は、器用に本をうまく組み合わせて高
く高く積んでいく。

「すごい!上手」

 ゆみは、それを見て言った。

「何やっているの?本を、そんなことしたら
傷んでしまうじゃないの」

 本棚を周ってきた先生に、良明が本を積み
あげているのを見つかり、ゆみが怒られた。

「良明君、だめだって。片付けよう」

 ゆみは、そう言って、良明の積み上げた本
を、上からひとつずつ取って本棚に戻す。
 先生は、ゆみが本をちゃんと本棚に戻すの
を確認して、向こうに行ってしまった。
 ゆみが、本を本棚に戻していると、せっか
く作ったタワーを壊されるのがいやだったの
か、良明は、ゆみの髪を引っ張った。


「いたい、いたい。片付けなくちゃ、だめな
んですって、怒られるよ」

 ゆみは、良明に説明して、本をまた片付け
始める。良明は、それを見て、本のタワーを
作るのは、あきらめたみたいだが、今度は、
本棚から取った本を、その日ちょうど、ゆみ
は白のブラウスにジーンズ、その上に赤いパ
ーカーを着ていたのだが、そのパーカーの後
ろのフードに本を入れ始めた。

一冊、二冊・・

「いやーん」

 ゆみは、ちょっと笑いながら、後ろに手を
伸ばして、パーカーのフードの中の本を取り
出そうとした。でも背中まで上手く手が届か
なくて本を取り出せなかった。
 それを見て、良明は、ゆみに代わって、ゆ
みのパーカーのフードの中に入れた本を取り
出してくれた。

「ありがとう」


 ゆみは、フードの中の本を、ぜんぶ良明君
が取り出してくれるのを待った。

 ゆみが、本を本棚に片付けていると、後ろ
にいた良明君の行動に気づいて、ゆみは、後
ろを振り返った。
 良明は、そっとゆみに近づいて、ゆみの胸
まで伸びた長い髪の毛を手に取り、本棚の柵
に結び付けようとしていた。

「あ~ん、いやーん」

 ゆみは、きゃきゃ笑いながら、自分の髪を
抑えた。ゆみの笑い声に、机で静かに、本を
読んでいた生徒が、一斉に顔をあげて、こち
らを見たから、ゆみは、慌てて口を閉じた。
 良明は、本棚の向こうに置いてあった木の
兵隊と車のおもちゃに気づいた。
 それを持ってきて、今度はゆみの背中に、
おもちゃの車を走らせた。

「もう、いやだ~」

 ゆみは、また、きゃきゃと思わず声を出し


てしまっていた。
 机で本を読んでいる生徒たちが、一斉にゆ
みを見る。ゆみが、あわててまた口を閉じる
が、良明は、今度は兵隊のほうを、ゆみの手
に乗せて歩かせたりして遊びだした。
 おもちゃの兵隊は、ゆみの腕の上を行進し
始める。

「あーん、何をしているの」

 ゆみは、また思わず、きゃきゃと声を出し
てしまって、あわてて口を閉じる。

 先生が、ゆみたちのところにやって来た。

「ゆみ、良明。図書室で静かにできないのな
ら、廊下に出てなさい」

 先生は、怒って、二人を教室から廊下に追
い出してしまった。

「どうしよう?怒られちゃった」

 先生に、廊下へ追い出されたゆみは、良明
に言った。


「あとで、授業が終わったら、教室に戻って
ちゃんと先生に謝ろうね」

 ゆみは、良明に言ったが、良明のほうは、
ぜんぜんそんなことは気にしていないようで
廊下を別の方向へと歩き出している。
 ゆみの手を引いて、廊下の片隅にある扉の
中に、引っ張り込もうとしている。

「どこ行くの?」

 ゆみは言いながら、良明に、引っ張られて

扉の中に入った。そこは、階段室だった。良
明は、その階段を下に向かって、駆け下り始
めていた。ゆみの手を引きながら。

「ねえ、どこに行くの?」

 ゆみも、あわてて階段を駆け下りて、良明
の後についていった。

「犬のお誘い」につづく