犬のお誘い

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

 そのまま、階段室の階段を下に降りていく
と、1階にたどり着いた。

 1階に出ると、そこは職員室の前だった。

 職員室の前の壁は、大きな掲示板になって
いて、そこにいろいろな学校の連絡事項が貼
りだされていた。
 良明は、そこに貼ってある一枚の紙をはが
そうとしはじめた。

「だめよ。ここの紙をはがすと、校長先生に

怒られちゃうよ」

 ゆみが、あわてて良明がはがそうとしてい
るのをやめさせた。
 掲示板の端っこに、カラフルなピンがたく
さん刺さっていた。良明は、今度は、そのカ
ラフルなピンで遊び始めた。

「おもしろい?」

 ゆみは、ピンを掲示板のコルクに刺したり
抜いたりしている良明に聞いた。


 ゆみが、良明と一緒に、掲示板に刺さって
いるピンで遊んでいると、

「あれ?ゆみちゃんじゃないの」

 ゆみは、ふと後ろから声をかけられて振り
返った。

「あ、ゆりこ先生。こんにちは」

 ゆみは、挨拶した。

 ゆりこ先生は、日本人の生徒も多いこの学
校の学校事務を担当している日本人の先生、
先生といっても授業を教えるのでなく、学校
の事務作業を担当している先生だ。
 ゆみと同じで、もうずっと長いことニュー
ヨークに住んでいる。

「あら、良明君も一緒なの」

 ゆりこ先生は、良明にも声をかけた。

「ゆりこ先生。良明君のこと知っているんで


すか?」
「もちろん。良明君と先生は、とっても仲の
良いお友達だものね」

 ゆりこ先生は、良明に言うと、良明は、す
ごく嬉しそうに大きく頷いた。

「あたしも、良明君とお友達なんですよ」

 ゆみが、ゆりこ先生に言うと、良明が、ゆ
みとは友達ではないみたいな感じで首を大き
く横に振って否定した。

「ええ、うそぉ。ゆみは、良明君とお友達だ
とばかり思っていたのに」

 ゆみは、良明に言われて、寂しそうな顔で
良明のことを見た。

「どうして、ゆみちゃんは、良明君と知り合
ったの?」

 ゆりこ先生は、ゆみに質問した。

「だって、あたしと良明君は、同じクラスだ


もの」
「え、そうなの。ゆみちゃんと良明君って、
同じクラスだったの」
「うん」
「ああ、良明君って、ヒデキ君たち日本人の
多いクラスだと思ってた」

 ゆりこ先生は、言った。

「ヒデキ君たちのクラスが、日本人が多くな
りすぎたからって、ゆみたちのクラスになっ
たの、良明君は」

 ゆみが、ゆりこ先生に説明した。

「そうなの?」
「うん!」
「ゆみちゃんのクラスなのか、良明君は」
「そうよ、ロールパン先生のクラス」
「それじゃ、同じクラスに日本人の子は他に
いないわね」

 ゆりこ先生は言った。

「ね、ゆみちゃん」


 ゆりこ先生が、ゆみに聞いた。

「良明君のクラスで、誰か良明君と、とって
も仲の良い男の子って知らない?」
「うーん。マイケルとか?」
「マイケル君って子と良明君というのは仲が
いいの?」

 ゆりこ先生は、ゆみに聞いた。

「あたしたちとマイケルとシャロルは、けっ
こう仲が良いほうだとは思うけど」

 ゆみは、なぜゆりこ先生が、そんなことを
聞くのか不思議に思っていた。

「良明君って、先生のうちに遊びに来たこと
があるのよ」

 ゆりこ先生は、ゆみに言った。

「え、先生の家に行ったことあるの?」

 ゆみは、良明に聞いた。良明は頷いた。


「この間の日曜に、先生のうちに遊びに来た
のよね」

 ゆりこ先生が、良明に言った。

「先生のうちって、マンハッタン?」
「そうよ」

 ゆりこ先生は、ゆみに答えた。

「先生のうちのすぐ近くに、すごく大きな犬
を三匹も飼っている人がいるの。その人と先

生は、お友達なんだけど、その人のうちにも
良明君と一緒に行ったのよ」

 ゆりこ先生の話は、続く。

「すごく大きな犬でね、良明君も、犬が大好
きだから、楽しかったらしいの」

 ゆりこ先生の話に、良明が大きく頷いた。

「それで良明君がまた来たいっていうから、
今度は誰か学校のお友達と来たらいいと思っ


ているんだけど、クラスで良明君と仲の良い
男の子いないかな」

 ゆりこ先生は、ゆみに聞いた。

「ところで、あなたたちって今は授業中では
ないの?」

 ゆりこ先生は、ふと気づいて聞いた。

「図書室で、リーディングの授業だったんだ
けど、あたしたちが、大声でお話してたら、

皆に迷惑だからって、先生に廊下に追い出さ
れちゃったの」

 ゆみが、正直に、ゆりこ先生に言った。

「あら、それは悪い子たちじゃない」

 ゆりこ先生は笑った。

「ま、いいわ。じゃ、ちょっと授業終わるま
で、職員室の中に遊びにいらしゃいよ」


 ゆりこ先生は、二人を職員室の自分の席、
机のところに招きいれた。
 二人が、職員室の中に入ると、授業時間中
のため、学校の先生は、誰もいなくて、ゆり
こ先生たちのような事務担当の先生ばかりし
かいなかった。

「ね、良明君。今度の日曜は、誰と来る?」

 ゆりこ先生は、ゆみに聞いても、良明君と
仲の良さそうな男の子を知っていそうもない
ので、良明に相談した。

 良明は、ゆりこ先生の机の上に置いてあっ
たキティちゃんの鉛筆削りで遊び始めた。
 ゆりこ先生は、良明の手から鉛筆削りを取
り上げて、

「どうするの?今度の日曜に一緒に来る相手
は?誰にするの?」

 と再度、良明に質問した。

「それじゃ、ヒデキ君にしようか」


 良明が、誰と遊びに来るかを決められない
みたいなので、ゆりこ先生が提案した。

「今度の日曜に、良明君って、先生のうちに
遊びに行くんですか?」

 ゆみは、ゆりこ先生に聞いた。

「そうなのよ。そう約束してるの」

 ゆりこ先生は、言った。

「前の日曜にも、良明君は、うちに来てるの
よ。でも、そのときは、良明君一人だけだっ
たのよ。だから今度は、誰かお友達を誘おう
って話なの」

 ゆりこ先生は、良明に代わって、ゆみに説
明した。

「先生のうちに、あたしが一緒に行きたい」

 ゆみは、ゆりこ先生に言った。


「え、ゆみちゃんが・・」

 ゆりこ先生は、ゆみの返事にちょっと驚い
て、ゆみに聞き返した。

「うん。あたしも、犬大好きだし、先生のお
うちに、まだ一回も行ったことないし」

 ゆりこ先生は、良明の方を見た。良明は黙
ったままだ。

「あの、男の子のお友達と一緒に来ることに

なっていたんだけど」

 ゆりこ先生は、困ったように返事した。

「あたしじゃ、だめなの?」
「だって、ゆみちゃんって男の子なの?」
「あたし、女の子だけど」

 ゆりこ先生は、良明のほうを、もう一度見
た。良明は、相変わらず何も言わない。

「ゆみちゃんは、また今度、智子さんか誰か


ほかの日本人の女の子と一緒に、いつでも先
生のうちに、遊びに来ていいから」

 ゆりこ先生は、言った。

「あたし、良明君と一緒に、先生のうちに行
きたい」

 ゆみは、良明のほうを見て言った。

「良明君は、やっぱり、ヒデキ君とかと先生
のうちに来る方がいいでしょ?」

 ゆりこ先生は、良明に聞く。良明は、しば
らくゆみの顔をじっと見ていたが、急にゆみ
の手をつかんで、ゆみのことを、自分の方に
引っ張ってみせた。
 良明は、もう一度ゆみの手を持って自分の
方に引っ張った。

「そうよね。やっぱり、ヒデキ君とか男の子
と一緒に来たいわよね」

 良明君の、その態度をみて、ゆりこ先生は
言った。良明君は、ゆりこ先生に、そう言わ


れて、さらに、強くゆみの手を引っ張った。

「先生、良明君も、あたしと一緒に行きたい
って言ってるよ」

 ゆみは、自分の手を引っ張られるのをみて
ゆりこ先生に伝えた。

「ゆみちゃん、違うわよ。ゆみちゃんとは、
一緒に行きたくないって、ゆみちゃんの手を
良明君は、引っ張っているのよ」

 ゆりこ先生は、言った。でも、いつも学校
で、クラスで一緒に過ごしているゆみには良
明が一緒に行こうと引っ張っているのが、よ
くわかった。

「違うよ。ゆみと一緒に行きたいって、あた
しのこと引っ張っているのよ」

 ゆみは、ゆりこ先生の言ったことを訂正し
た。良明は、ゆみのその言葉を聞いて、ゆみ
の顔を見ながら、思い切り大きく頷いた。
 ゆりこ先生は、良明のその様子をみて、ど


ういう意味だろうって迷った。

「良明君は、ゆみちゃんと先生のうちに来た
いの?」

 ゆりこ先生は、良明に直接質問した。良明
は、ゆりこ先生に首を大きく縦に振った。

「そうよねぇ、一緒に先生のうち行こうね」

 ゆみが良明に言うと、良明は、ゆみのほう
を振り返って、大きく頷いた。

「良明君がいいなら、先生は良いけど」

 ゆりこ先生は、言った。

「でも、ゆみちゃんもいいの?ゆみちゃんは
先生のうちに来るときは、ほかの女の子のお
友達と来る方が良くない?」
「あたし、日本人の女の子のお友達あんまり
いないし、良明君は、あたしにとっても大事
な仲の良いお友達だから」

 ゆみは、ゆりこ先生に返事した。


「それじゃ、今度の日曜は、お二人を先生の
うちに、ご招待しましょう」
「うわ~い、やったー」

 ゆみは、良明と手を叩きあって喜んだ。

「隆のプラン」につづく