退院の朝

ある日、突然どうやってもおしっこが出なくなった・・とてつもなく巨大なアレ- 前立腺肥大症 -との3ヶ月間にわたる大闘病記。

「ごはんです」

 そう言って、そろそろ朝ごはんが運ばれて
くる頃かな、と思いながら、病室の自分のベ
ッドに座っていた。

「お薬です」

 ごはんです、の前に、薬剤師のお兄さんが
やって来た。薬剤師のお兄さんが持ってきた
お薬は、ユリーフというお薬だった。

 これで、前立腺を安定させて、おしっこが
出るようにしてくれるのだという。
 ユリーフを朝ごはんと夜ごはんの後に、1
錠ずつ飲むようにとのことだった。
 ユリーフは、お水と一緒に飲み込んでもい
いが、ドロップのように口の中で舐めていれ
ば、自然と溶けて身体の中に流れていくのだ
そうだ。

「朝ごはんを食べ終わった後、これを1錠飲
んで下さい」
「1つだけなのですか?退院して、今日の夜


からの分は?」
「夜からの分は、退院のときに渡します」

 夜からの分のお薬は、退院のときに処方箋
が出るので、それを持って、薬屋さんでもら
うようにと説明された。

「そこのイオンでもいいのですか?」

 今回、入院しているこの病院のすぐ脇、エ
ントランスを出て、目の前の横断歩道を渡っ
たところに、大きなイオンモール、イオンス

タイルのお店があるのだった。

 イオンでも大丈夫だというので、退院した
ら帰りがけに、イオンに寄って、ワオンでお
薬を買って帰ろうと思った。

「ごはんです」

 薬剤師のお兄さんが帰った後、お待ちかね
の朝ごはんがプレートに載せられて、やって
来た。病院の食事は、1つのプラスチックプ
レートに載せられてやって来る。


 プレートには、各お皿に、おかずが1品ず
つ載っかっていて、それぞれのお皿は、ちゃ
んとプラスチックの蓋で閉じられている。
 そして、その日の食事のメニューが、小さ
な紙にカロリー表と一緒に記載されていた。

「いただきます」

 ベッドの上に腰かけて、ベッドテーブルの
上の朝ごはんを食べようとしているとき、ノ
ートパソコンが乗った台車をゴロゴロ押して
看護師が朝の検査にやって来た。

「お食事中にごめんなさいね」
「いいえ、大丈夫です」

 私は、右の腕を出して、そこにバンドを巻
いてもらって、血圧を測ってもらう。左手で
は、体温計を受け取り、脇の下で熱を測る。
 最後に、小さなクリップ型の機械の中に、
人差し指を挿入して計測してもらう。数値的
にも、何の問題も無いようだった。
 朝の検査が終わった。


 検査が終わって、私が中断していた朝ごは
んを食べ始めると、隣のおじいさんたちは、
相も変わらず食事が早い。急がしそうに箸や
スプーンを動かしながら、朝ごはんを食べて
いる。その音を聞きながら、私は、なるだけ
ゆっくりと味わいながら食事していた。

 おじいさんたちは、食べ終わった食器は、
自分のベッドテーブルにそのままにしていた
が、私は食べ終わった食器を持って、病室の
表に停めてある食事の台車まで戻した。

 食器を戻し、トイレへ行ってから病室に戻
ってくると、廊下側のベッドのおじいさんが
看護師と話していた。

「食事が終わったら、会計担当の看護師が来
ますので、それまで、病室からは出ないで、
ここで待っていてくださいね」

 看護師は、おじいさんに説明していた。ど
うやら、廊下側のおじいさんも、今朝退院す
るようだった。


 看護師は、おじいさんに今日退院ですけど
会計の人が来るまでは帰らないで、ここにい
るようにと、やたらと念を押していた。
 前に、会計の人が来る前に、さっさと帰っ
てしまった人がいて大変だったんだそうだ。
だから、ちゃんとここにいるようにとしつこ
いぐらいに繰り返していた。
 入院費を取りっぱぐれないようにというこ
とだろうか。

 その向こうのおじいさんも今朝退院のよう
だったが、窓側のおじいさんも、私も、そん

なこと一言も言われていないのに、廊下側の
おじいさんだけやたらと念を押されていた。

 よっぽど食い逃げならぬ、受診逃げしそう
に見えたのであろうか。

 窓側のおじいさんは、娘さんがやって来て
今日から個室に入るみたいで、部屋を移動し
ていった。
 私とおじいさんたち2人は、会計の人が来
るのを帰る準備をしながら、ベッドで待って
いた。廊下側のおじいさんも、受診逃げする


ことなく、ちゃんとベッドで待っていた。
 よっぽど受診逃げすると思われていたのだ
ろうか、やっぱり一番先に、廊下側のおじい
さんの所に、会計の人はやって来た。

 おじいさんに、会計の紙を渡すと、1階エ
ントランスの会計機で支払うように説明して
いた。

 次に、もう1人のおじいさんの所に、会計
の人がやって来て、最後に私の所に、会計の
人がやって来た。

 会計の紙と一緒に、ユリーフのお薬をもら
うための処方箋も渡された。

「お大事に」

 会計の人に送り出されて私は病室を出た。
順番は一番最後だったが、それほど遅れては
いなかったと思っていたのに、私が病室を出
るとき、既におじいさんたちの姿は、どこに
もいなかった。
 食事だけでなく、帰宅のスピードも早いよ
うだ。


「早いなぁ」

 私も、少し急ぎ目に、入院棟のエレベータ
ーで1階へ降り、エントランスにある会計に
病室で会計の人に渡された書類を手渡す。

「お支払いは向かいの機械でお願いします」

会計窓口の向かいにある機械に、自分の診察
券を投入すると、今回の入院、診察費用の合
計が表示された。

44,800円

 安いといえる金額ではないかもしれないが
診察もしてもらって、1日3食、食事付きで
2泊3日もしたのだ。このぐらい掛かっても
仕方がないのかもしれない。
 本当は、昨日泌尿器科の先生に退院します
かと聞かれたときに察しがついて、はいと答
えられていれば、もう少し安くて済んだのか
もしれなかった。

 現金もしくはクレジットカードを機械に挿


入することで支払いが済ませられた。
 クレジットカードでは支払いたくなかった
ので、一端、病院を出てイオンの向こうの三
井住友銀行に行き、そこで現金を引き出して
きてから、病院に戻り、支払いを済ませた。

 病院から家まで歩いて、だいたい15分ぐ
らいの距離だ。病院を出ると、すぐ隣のビル
のイオンスタイル1階の処方箋薬局に寄って
薬をもらってから帰る。
 ユリーフは朝晩1錠ずつで、ちょうど2週
間分もらった。2週間後、薬が切れるときに

 外来でまた病院に行くことになっていた。

「ただいま!」

私が、家の鍵を開けて、玄関から中に向かっ
て叫ぶと、愛猫が部屋の中から飛んで出迎え
に来てくれた。

「ただいま、もう退院したから、ずっと一緒
にいられるよ」

私は、愛猫の頭をいっぱい、いっぱい撫でて
あげた。


「袋と生活する準備」につづく