海底温泉

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第51回

 夕食までに、少し時間があるので温泉に行
くことになった。

「温泉に行くから、水着に着替えて」

 隆に言われたとき、洋子は不思議に思って
いた。
 温泉に行くのはわかるが、どうして温泉に

行くのに、今から水着に着替えるのか。
 もしかして混浴なので、水着を着て入る温
泉なのだろうか?それにしても、なんで行く
前から水着に着替えるのか、温泉に脱衣所は
無いのだろうかと不思議に思いながら、水着
に着替えていた。

 ヨットから温泉場までの道を、さすがに水
着だけで歩くわけにはいかないので、水着に
着替え終わると、その上にTシャツやジーン
ズ、短パンを着てから出かける。


「さあ、行こう」

 隆は、船から岸壁に飛び移った。

 ほかのラッコのクルーたちも岸壁に飛び移
った。隆が先に立って、温泉までの道案内を
兼ねて歩いて行く。

 皆も、隆の後ろについて歩いて行く。

 港から島の内側へは一本の道がずっと 続い
ているだけだ。道に迷うこともないだろう。

 皆は、当然その一本道を歩いて行くのだと
思っていたのだが、隆は、その一本道には行
かずに、その脇の岩の間にある細い道に入っ
て行ってしまった。

「こんな細い道を行くの」

 皆は、不思議そうに、隆の後ろからついて
行く。

 ずっと茂みの中を歩いて行くと、茂みを抜
けて、ぱっと広がった場所に出た。


 よく見れば、そこはラッコが泊まっている
同じ式根島港内だった。
 ラッコ等のヨット、ボートが泊まっている
のは、入り口付近の岸壁だったが、ちょうど
その向かい側に当たる岩場だった。

「温泉に着いたよ」

 岩場の一部に、まるで温泉のように、岩で
丸く囲まれた部分があった。
 隆の話だと、そこが温泉だというのだ。隆
に言われて、ルリ子が岩場にしゃがんで海水

に手を突っ込んでみる。

「暖かい!」

 海に手を入れたルリ子が叫んだ。

 海水が暖まっていたのだ。式根島の周りの
海面には、海底火山がいっぱいあり、島のと
ころどころの海には温泉が噴き出している個
所があった。

「入ろう!」


 皆は、着ていたTシャツを脱いで、水着に
なって、そこの窪み、海の中に飛び込んだ。

 海の水が暖かいので、海で泳いでいるとい
うよりは、確かに温泉に浸かっているような
感覚だった。

「確かに、暖かくて気持ちいいけど、水着で
入るっていうのが、体も洗えないし、お風呂
に入浴している気にはなれないわね」

 麻美が、海の温泉に浸かりながらつぶやい

た。

「もう夕方で暗くなってきて、周りも見えな
くなってきているし、別に水着脱いで入って
もいいよ」
「いいえ、水着で大丈夫。別に脱いで見られ
るのはかまわないんだけど、おばさんの裸な
んて、見せられる側が迷惑でしょうし」

 麻美は隆に苦笑してみせた。

「なんなら、俺は先に船に戻っているから、


あとは女性の皆さんだけで、脱いで入っても
いいぞ」
「そうか」

 ルリ子は、隆に言われて、温泉の周りを見
渡した。そこからだと、ラッコが泊まってい
る向かい側の港がすべて見えていた。
 ちょうど、ラッコの向かい隣に、別のヨッ
トが到着して、そのヨットの乗員がアンカー
を打っている姿までしっかり見えていた。

「いや、ちょっと恥ずかしいから、ここで裸

になるのは遠慮しておくわ」

 ルリ子は、隆に答えた。

第52回につづく