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筆島

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横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第68回

「あれ、なあに?」

 パイロットハウスの窓から外を眺めていた
洋子が、大島の脇にある小島を見つけて、指
さしながら言った。

「筆島だよ」

 それは、島というよりも海から突き出した
岩だった。
 その岩は、海から細長く突き出していて、
先がとんがっているため、まるで習字の筆の
ような形をしていた。

 ただの岩の塊なので、人が住めるような島
ではなかったが、ちゃんと「筆島」という名
前が付けられていた。
 筆島は、波浮港を出港して、東京湾を目指
すヨットマンにとっては、格好の目印になっ
ていた。


 逆に、波浮港に入港するときは、筆島が見
えてくると、波浮港がもうじき近いなという
目安になっていた。

 筆島が離れていくと同時に、大島も、だん
だんと小さくなっていた。

「大島が離れていくね」

 ずっと、大島の真横を走り続けていたのに
その大島を越えて、いつの間にか、横から後
ろに筆島も大島も見るようになっていた。

 それに代わって、ずっと前方に、かすみが
かって見えていた関東の陸地が、どんどんと
大きくはっきり見えてき始めるようになって
いた。

 楽しかったクルージングも終わりで、いよ
いよ伊豆七島ともお別れだ。
 ラッコの乗員たちは、少しセンチメンタル
に島を振り返っていた。

「さよなら、大島」


 隆が、洋子と少し寂しそうに、後ろに見え
ている大島に手を振ってみせた。

「さよなら、大島。来月にまた来るからね」
「もう、来月に戻って来ること考えているん
だ」

 ルリ子が言うと、皆は、ルリ子の言葉に思
わず笑ってしまった。

 今まで、ベタッとして凪ぎいていた海が、
少し波立ち、風が吹いてきた。

 ラッコのセイルにも、強い風が当たり、船
は、少しスピードアップして走り出した。

「お、吹いてきた!」
「このまま、横浜まで風が吹いてくれていれ
ば、早くに横浜に戻れるかもね」

 風が当たるので、今までTシャツに短パン
だった皆は、カーディガンを着たり、長いパ
ンツを着たりしていた。

 少しドレスアップしていた・・


 のだろうか。どうしても、クルージングが
長くなると、誰にも会わないし、毎日Tシャ
ツ、短パンで、女性は化粧っ気も少なくなっ
て、だらしなくなってきてしまう。

 長かった夏の島暮らしから都会生活に少し
ずつシフトし戻していかなければならない。

 ヨットは三浦半島の先、城ヶ島の近くまで
やって来た。
 ここら辺まで来ると、周りにほかのヨット
の姿も増えてくる。

 特に知り合いのヨットというわけではない
が、すれ違うときには思わず手を振ってしま
うヨットとも遭遇する。
 こちらが気づかないときでも、向こうから
手を振ってくれて、すれ違った後で、あわて
て手を振り返したりもする。

「駅や街中ですれ違っても、誰も手なんて振
らないのに、ヨットだと皆、手を振ってくれ
るね」
「山で、登山をしているときも、歩いてすれ
違うときに皆、挨拶してくれるじゃない。そ


れと同じじゃないのかな」

第69回につづく


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