舫い結びテスト

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第105回

「で、こっちに来てやってみな」

 望月さんは、自分の船の、暁のライフライ
ンにぶら下がっていたロープを手に取ると、
ルリ子と雪を自分の船の左舷側に呼んで、そ
こにあるライフラインにロープを舫い結びで
結んでみるように言った。

 2人は、船の左舷にやって来ると、望月さ
んから受け取ったロープを、ラッコのライフ
ラインに舫い結びで結んだ。

「こうだったかな・・」

 雪の方は、少し不安そうではあったが、ロ
ープで作った穴の中にくるっとロープの先を
通して、なんとか結べていた。

「おお、そのクルッと輪っかを作って結ぶ方
法を覚えたのか」


 望月さんは、雪の結ぶのを見て言った。

「その方法を覚えたのならば合格だ!」

 雪は、甘々の麻美の合格点だけでなく無事
に望月さんの合格点も頂くことができたので
あった。

「で、そっちは・・」

 望月さんは、ルリ子のほうを振り返った。

「え」

 ルリ子は、少し慌てたように、望月さんに
返事した。

「大丈夫です!」

 元気に答えてはいたが、返事とは裏腹に、
ロープを結ぶ手の方は、なんとなくおぼつか
なかった。

「そっちから通すのか?」


「え?」

 ルリ子は、ロープを通していた手を止めて
望月さんの方を見た。

「あ、こっちだ。こっち!」

 ルリ子は、何か思い出したように、今まで
通していたのとは逆向きにロープを穴に通し
てから引っ張ってみた。
 すると、ライフラインにしっかりロープは
舫い結びで結ばれていた。

「あ、出来た!」

 ルリ子は、嬉しそうに望月さんに自分の結
んだロープを見せた。

「まあ、少し怪しいが、だいぶ甘めな採点だ
けどできたな!」

 望月さんは、少し苦笑しながらも、ルリ子
に答えた。

「もう1回結んでみるね」


 ルリ子は、1回結べたロープを解いてから
もう一度ライフラインに結び直そうとしてみ
た。

 今度は、結び方を完全にど忘れしてしまっ
たのか、最初からうまく結べなくなってしま
っていた。

 暁のクルーたちは、苦戦しながらも笑顔の
ルリ子に微笑んでいた。

「こっちをこうだろう」

 望月さんが、ルリ子の持っているロープに
手を少し差しのべてくれた。

「あ、こうだよね!」

 そう言って、望月さんに手伝ってもらいな
がらも、ルリ子はもう一度うまく舫い結びを
結ぶことができた。

「うーん、どうかな、合格点は」

 望月さんが、ルリ子の笑顔を覗きこみなが


ら苦笑していると、

「でも、ほら、望月さん。ルリちゃんは、き
ょうのお昼のおにぎりもこんなに上手に握れ
たんだから」

 麻美が、望月さんに助け船を出した。

「ああ、このおにぎりは、ルリ子が握ったの
か?」
「ええ。ルリちゃんと佳代ちゃんの2人が握
ったのよね」

 麻美が望月さんに言うと、

「そうだな。舫いを結べるようになるのも大
事だけど、ヨットでは食事も大事だからな。
食事のおにぎりを握れるのも大事だ」

 望月さんは、麻美に言った。

「よし、とりあえずルリ子も合格だ」

 望月さんからルリ子も、なんとか合格点を
もらうことができたようだ。


「よかった、うまく結べて」

 雪は、その日の夕方、ヨットから上がって
横浜マリーナのクラブハウス、女子トイレの
中で麻美と話していた。

「先週、結べなかったとき本当に今日テスト
されたらどうしようと昨夜けっこう練習して
いたんだ」
「そうなんだ」
「もし、うまく出来なかったら、ルリちゃん
なら笑顔でごまかせても、私は本当に望月さ

んに怒られそうな気がしていて」
「ええ、どうして?」

 麻美は雪に聞いた。

「もうおばちゃんの年齢だし、ルリちゃんみ
たいに笑顔でごまかせるわけないかと」
「そんな、雪ちゃんがおばちゃんなら私だっ
ておばちゃんになってしまうよ」

 麻美は雪に苦笑してみせた。


「それに大丈夫、いざとなったら、うちのク
ルーをいじめないで言うから。ま、隆は望月
さんに言えないかもしれないけど、私が言っ
てあげるから」

 麻美は雪に微笑んだ。

第106回につづく