緊急避難船

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第87回

 元町の町は、小一時間も周ったら、全ての
町を見て周れてしまった。

 波浮に戻るバスの時間まで、まだ後一時間
近くあるので、隆たちは、元町港の中をぶら
ぶらしていた。

「なんか、あのヨット、ここに入港するんじ

ゃないかしら」

 洋子が沖を走っているヨットを指さして言
った時も、隆はそんなはずはないと決めつけ
ていた。

 元町港は、熱海からのジェット船と東京か
らの旅客船の専用港になっていて、一部の漁
船以外は、ヨットやボートの入港は、ありえ
なかった。

「やっぱり、入港してくるみたいよ」


 今度は、麻美も、隆に言った。

 そのヨットは、元町港にどんどんと近づい
てきていた。
 ヨットが、港に近づいてくることに、隆た
ち以外にも、港の職員たちも気づいたみたい
で、岸壁に出てきて、ヨットの来るのを見守
っていた。
 実際には、港の職員たちは見守っていたと
いうよりも、こっちに来るなと手を振って追
い返していたのだった。

 これから、熱海からのジェット船が、この
岸壁に着岸する予定なのだ。
 港の職員としては、ヨットになど、ここに
停められては困るのだ。

「行ってみよう」

 一応、同じヨットマンとして、何か助けて
あげられるかもということで、隆たちも港の
岸壁に向かった。

「すみません、すぐに出ますから、2人だけ


船から降ろさせてもらえませんか?」

 やって来たのは、ヤマハ30Cという国産
のセイリングクルーザーだった。

 船尾に書かれている船籍港から推測すると
東京からやって来たようだった。

 そのヨットが、岸壁に着岸すると、船内か
らへろへろに船酔いしている女性が、2名降
りてきた。
 どうやら、連休を東京から大島までクルー

ジングするのに、ヨットでやって来たのだが
同乗していたオーナーの奥さんと娘さんが船
酔いで倒れてしまったようだった。

「これから、ジェット船が、ここに入港する
のだから、ここに停泊されたら困るよ」

 港の職員が、ヨットを停めるのならば、奥
の漁港のほうに停めてくれと、ヨットのスキ
ッパーに話している。

 その岸壁に、着岸予定のジェット船は、も


うすぐ後ろまでやって来ていた。

 ヨットは、船酔いの女性2名を降ろすとす
ぐに、港を出て行った。
 岡田港のほうに移動するらしい。

 岡田港は、ちょうどラッコが停泊している
波浮港とは真逆の大島の北側にある港だ。

「大丈夫ですか?」

 麻美たちは、ヨットから降りてきた女性た

ちを連れて、港の待合室に行った。
 そこにあった医務室のベッドに2人を寝か
せてあげた。

 女性たちは、船に弱いらしくて、顔が真っ
青になっていて、ふらふらとまっすぐに歩け
ないようだった。
 それでも少し、ベッドでゆっくりしている
と、青かった顔にも、だいぶ血色が戻って来
たようだった。

第88回につづく