東京湾のイルカ

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第95回

 港を出ると、すぐ目の前に東京、三浦半島
が見えていた。

「もう、横浜も近いね」

 佳代が言った。

 波浮の港を出ると、まずは大島をぐるっと

周ってから、東京方面を目指す。
 大島を周ってからも、しばらくは真横に大
島を見ながら、ずっと島と一緒に走らなけれ
ばならなかった。

 それが、岡田港ならば、港を出てすぐに、
三浦半島が見えている。

 いや、港を出る前から三浦半島は見えてい
るかもしれなかった。

「三浦半島は、見えているけど、まだまだ、


あそこまで到達するまでには、意外にけっこ
うかかるよ」

 隆は、笑いながら佳代に返事をした。

 それでも、目の前に行き先、目的地が見え
ているというのは、気分的には楽だった。

「出航のほうは落ち着いた?落ち着いたら、
中で食事をしましょう」

 朝ごはんの支度が終わった麻美が、船内か

らデッキの皆に声をかける。

 デッキで操船をしていた皆は、ぞろぞろと
船内に集まって来た。

 パイロットハウスのサロンには、ルリ子の
焼いたフレンチトーストなどがお皿に盛られ
ていた。
 ティーカップに、紅茶も添えられていた。

 これがパイロットハウスが付いたヨットの
利点といってもいいだろう。パイロットハウ


スの付いていないヨットだったら、水しぶき
がたまに飛んでくるデッキ上でずっと舵を取
っていなければならない。

「いただきます!」

 皆は、一斉に席について食事を始める。

 佳代だけは、パイロットハウスの操船席で
ステアリングを握りながらの食事だった。

 パイロットハウスのサロンでの食事が終わ

ると、皆は船の上でしばらく思い思いに過ご
していた。

 数時間、走って、ヨットはようやく東京湾
の入り口にさしかかってきた。

「おお!ルリ子、右のほうをみてごらん!」

 洋子と並んで、船首デッキ上で昼寝をして
いた隆が、起き上がって、船尾のコクピット
にいるルリ子に向かって叫んだ。


「え、なに?」

 ルリ子は、隆に言われて、慌てて船の右方
向の海面を眺めた。

 その先の海面に何かがいるみたいで、白波
がおきていた。

「何、あれ?」

 ルリ子は、一生懸命に近眼の目をこらして
海面を見つめた。

「イルカだよ」

 隆は言った。

 その声に、隣りで寝ていた洋子も起き上が
って、そっちの海面を見た。
 たくさんのイルカが群れで飛び回っていた
のだった。

「え、本当に、あれってイルカなの?」

 近眼で目の悪いルリ子は、まだ一生懸命、


沖の海面を探していた。

 東京湾にイルカがいるというのも、ルリ子
には信じられなかったのだ。

 そんなルリ子のところに挨拶をしに来てく
れたかのように、イルカたちは、ラッコを見
つけると、こちらに寄って来た。

「あ、本当だ!イルカだ!」

 ルリ子は、大声で叫んで、デジカメで寄っ

て来るイルカたちの写真を撮り始めた。

第96回につづく