犬のボーン

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

「ね、骨をあげてみる?」

 飼い主のおばさんが言って、冷蔵庫から大
きな骨を取り出した。
 犬たちは、骨が大好物らしくて、冷蔵庫の
扉が開く音に反応した。
 おばさんは、犬たちに見えないように、ゆ
みたちの方にそっと骨の入った袋を見せてく
れた。ゆみは、冷蔵庫の前のおばさんのとこ
ろに行って、おばさんの持っていた袋から大
きな骨の塊をもらった。

「すごい!何の骨なんですか」

 ゆみは、それを見て言った。

「牛の骨なの。いつも買うお肉屋さんで頼む
と、骨をとっておいてくれるのよ」

 ゆみの後ろから、良明も、やって来た。

 ゆみは、後ろにやって来た良明に、気づい
て脇にどいた。


「牛の骨だって。すごいね」

 ゆみは、良明に、おばさんから受け取った
骨を手渡した。

「その骨を犬に上げてもいいわよ」

 おばさんに言われて、良明は、手にした大
きな骨を、最初に近寄ってきた犬に上げた。
 犬は、大喜びで、その骨をくわえて、部屋
の角に行くとかじりだした。

「ゆみちゃんもどうぞ」

 飼い主のおばさんが、袋からもう一個骨を
取り出して、手渡してくれた。
 差し出された骨を、ゆみが受け取る前に、
良明が受け取ってしまった。良明は、その骨
を、もう一匹の近寄ってきた犬に手渡した。

「ほら、全部、自分で犬に上げるのでなくて
ゆみちゃんにも、上げさせてあげなさい」

 それを見ていたゆりこ先生は、良明の事を


自分の方に引っ張って、言った。
 飼い主のおばさんは、袋からもう一個骨を
取り出すと、それを、今度はしっかりとゆみ
に手渡した。最後に残った3匹目の犬が、ゆ
みのところに静かにやって来た。
 ゆみは、その犬に手渡された骨をあげた。

「この子は、他の2人のお母さん犬なのよ」

 飼い主のおばさんが、ゆみに説明してくれ
た。ゆみは、もう、すっかり大きな犬にも慣
れてしまっていた。

 皆は、リビングで、のんびりしていた。ゆ
りこ先生は、友達の犬のおばさんと楽しくお
しゃべりしていた。
 良明は、大きな犬2匹と一緒に、床に敷い
てあるラグの上に、あぐらをかいて、座り込
んで遊んでいた。
 ゆみは、ソファに腰掛けて、お母さん犬も
ソファの上に上がりこんでいた。
 お母さん犬は、ゆみの膝の上に頭を置いて
ゆみは、その頭を撫でてあげていた。

「気持ちいい?」


 ゆみは、お母さん犬の頭を撫でてあげなが
ら、お母さん犬に聞いた。
 お母さん犬は、嬉しそうに、自分の頭を、
ゆみの膝にのせて寝ていた。

「ゆみちゃんも、もうすっかり犬と仲良しに
なってしまったね」

 ゆみの様子をみて、ゆりこ先生は言った。

「そこを右に曲がってすぐの所よ」

 ゆりこ先生は、電話口で説明している。

 先生の話している相手は、隆だった。隆は
ゆみたちを迎えに、車でこちらに向かってい
るところだった。
 もう、夜も遅いので、地下鉄には、ゆみた
ちを乗せられない。
 それなので、隆が、自分の車で、マンハッ
タンまで二人を迎えに来たのだ。
 隆の運転する車の助手席には、良明のお母
さんも一緒だった。


「それじゃ」

 ゆりこ先生が、隆との電話を切って、しば
らくすると、玄関のベルが鳴った。

「はーい」

 犬のおばさんが、玄関に出る。

 そのおばさんよりも先に、誰か来たことを
察して、3匹の犬たちが立ち上がって、玄関
へと飛び出した。

 おそらく、ゆみたちが家に来た時も、こう
やって犬たちが玄関へと走り出していたのだ
ろう。
 犬たちは、玄関先に立っていた隆に飛びつ
いて嗅ぎまわった。

「おーおー!」

 もともと犬好きの隆は、突然、飛び出して
きた大きな犬にも、びっくりすることなく、
3匹の犬たちを抱き上げながら、頭を撫でて
あげていた。


 隆は、良明のお母さんと共に、リビングに
案内されて入ってきた。

「お、お兄ちゃん。どうしたの?」

 ゆみは、兄の隆が来たので、声をかけた。

「お前たちを迎えに来たんだろうが」
「あたし、良明君と先生のうちに泊まるから
別に来なくてもいいのに」
「そんなわけにいかないだろう。明日は学校
だってあるんだから」

 隆は、ゆみに笑った。

「そういえば、ゆみは、泣いたんだって」

 兄の隆は、ゆみのことを笑った。隆は、ゆ
みが、犬と会ったときのことを、ゆりこ先生
から聞いたらしい。

「少しだけよ」

 ゆみは、隆に答えた。


「お兄ちゃんは、泣かなかったの?」

ゆみは、兄の隆に聞いた。

「俺?俺は、べつに泣かないよ」

 隆は、膝の上にのってきた犬を撫でてあげ
ながら、苦笑した。隆とは、初めて会ったと
は思えないぐらいに、犬のほうもおとなしく
慣れていた。
 飼い主のおばさんが、皆の分のジュースを
持って、リビングに入ってきた。

「こんなに、大きな犬が3匹もいたら、びっ
くりするわよね」

 良明のお母さんが、ゆみのことをかばって
くれた。

「かわいいよな」

 隆は、犬の頭の下を撫でながら、良明に言
った。良明は、頷いた。気づいたら、大きな
犬は、3匹とも、隆のところに集まってきて
いた。良明も、隆のすぐ横のソファに座って


犬の体を撫でていた。
 ゆみは、二人とは、反対のゆりこ先生の隣
りのソファに座っていた。

「どうぞ」

 飼い主のおばさんが、隆に、ミルクティー
の入ったカップを勧めた。

「ありがとうございます」

 隆は、犬を撫でながら、そのミルクティー

を飲んだ。

「このミルクティー、とっても美味しいです
ね」
「そうでしょう、そんなに高いわけじゃない
けど、ここのティーは、美味しいのよ」

 ゆりこ先生や良明君のお母さんと紅茶の話
題で、盛り上がっていた。
 ゆみも、そのミルクティーを飲んでみた。

「良明も飲めばいいのに。美味しいぞ」


 横にいる良明が、まだミルクティーを飲ん
でいないのを見て、隆が言った。

「え、まあ」
「これ、良明のミルクティーだぞ」

 良明のカップがテーブルの上に置いてある
が、良明はまだ飲んでいなかった。

「飲んでみなよ。うまいから」
「あ、いただきます」

 良明は、ゆりこ先生の横にいるゆみには聞
こえない、隆にだけ聞こえるような小声で言
って、カップを手に取り飲んだ。

「美味しいでしょ?」
「はい」

 良明は、隆に答えた。

 ゆみは、話している内容は小声で聞こえな
いが、良明が隆と話しているところを見て、
ポカンとしていた。


「どうしたの?ゆみちゃん」

 横にいるゆりこ先生が、ゆみに言った。

「良明君、お兄ちゃんとお話している」

 ゆみは、先生に言った。

「それは、お話ぐらいするんじゃない」
「だって、良明君って、あたしとは、何にも
お話してくれないのよ」

 ゆみは、隆のことを羨ましそうに言った。

「そうね、良明君って、学校のクラスでも、
何にも話さないのよね」
「うん。何にも話してくれない」

 ゆみは、ゆりこ先生に言った。

「ご飯も、何にも食べないのよ」

 ゆみは、隆に薦められて、クッキーを食べ
ている良明を見ながら答えた。


「良明君は、ゆみちゃん以外のほかのクラス
の子とも、話さないの?」
「うん」

 ゆりこ先生は、ゆみの頭を撫でてくれた。

「さあ、そろそろ帰ろうか」

 隆は、ゆみに言った。

 ゆみは、兄のほうを見て頷いた。皆が、リ
ビングのソファから立ち上がって、帰り支度

を始めた。

「また、遊びにいらしゃい」

 犬の飼い主のおばさんが、ゆみに言ってく
れた。

「今度は、昼間にいらしゃい。そしたら、近
くの公園を、犬たちと散歩しましょう」
「はい」

 ゆみは、返事した。


「バイバイ」

 ゆみと良明は、玄関先で、3匹の犬たちと
別れて1階に降りる。表に、隆の愛車のオー
ルズモービルが停まっていた。

「コイン切れているよ」

 ゆみは、パーキングメーターの針が0なの
を発見して、隆に言った。
 隆は、コインを財布から出して、パーキン
グメーターに投入した。

 ゆみは、良明と一緒に、車の後ろの席に座
ろうとしていると、

「良明。助手席に座れよ」

 隆が、良明のことを助手席に座らせた。

「ゆみちゃんは、おばさんと後ろの席に座り
ましょうか」

 ゆみは、良明のお母さんと一緒に、後ろの
席に座った。車は、犬たちの家の前を出て、


ゆみたちの家に向かって、走り出した。
 帰り道の車の中で、隆は、良明と野球の話
をしていた。

「先週の野球は良明のヒットは良かったな」
「はい。なんか、たまたまうまく打てたみた
いで・・」

 今の良明は、すごく男らしい声で、隆とお
しゃべりしていた。
 ゆみが、いつも、学校で一緒にいる良明君
とは、まるで別人のようだった。

 どうして、お兄ちゃんとだと、良明君って
お話するのだろう?ゆみは、二人の会話を、
後ろの席で聞きながら思っていた。
 本当は、ゆみだって良明君とお話いっぱい
したいのに。
 そんなことを考えていたが、もう夜も遅く
なってきたので、眠くなってしまった。

 ゆみは、二人の会話を聞きながら、いつの
間にか、後ろの席で寝てしまっていた。
 車は、マンハッタンの橋を渡って、リバデ
ールに戻ってきていた。


 隆の運転するオールズモービルは、ヘンリ
ーハドソンパークの脇を通り越し、ゆみたち
の住んでいるアパートメントの駐車場へと帰
ってきた。

「ニューヨークヤンキース」につづく