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千葉から横浜へ

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横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第43回

 昨夜は遅かったので、少し遅めの目覚めと
なってしまった。

 明日からは普通通りに新しい週が始まり、
皆それぞれ会社で仕事があるので、今日は千
葉から横浜に帰らなくてはならない。

 マリオネットのメンバー達につきあって、

昨夜は遅くまで起きていた麻美は、まだ眠か
った。それでも、ほかの人たちがお腹を空か
しているといけないと思い、誰よりも早く起
きて、朝ごはんのあじの開きを焼いていた。
 キャビンの中は、あじの匂いでいっぱいに
なっていた。

「美味しそう」

 あじの匂いに誘われて、隆が佳代といっし
ょに起きてきた。
 ほかのメンバーたちも起きてきて、麻美の


朝ごはんの準備を手伝った。

 ごはんが炊けた。

 多くのヨットでは、ごはんは電気を使う炊
飯器ではなく、お釜かちょっと深めの蓋付き
の鍋をガスコンロの上で炊いている。
 ラッコでもお米用のお釜があって、それで
炊いていた。炊飯器とちがって、おこげが出
来たりして、お釜で炊いたごはんは最高だ。

「いつも麻美さんの家って、朝はお米なんで

すか?」
「そんなことないわよ。うちも朝はパンのほ
うが多いかな。でも、クルージングに出ると
せっかく新鮮な魚とかあるし、味噌汁にお米
のほうが美味しいのかなって思って」

 麻美は、炊きあがったお米を、皆の分だけ
お椀に盛って、テーブルに出した。
 その横のテーブルでは、ルリ子が味噌汁を
盛り付けていた。

 隆が、引き出しの扉を開けて、中に入って


いるテレビのスイッチを点けた。
 朝のニュース番組が始まっていた。

「いただきます!」

 皆が、席について出来上がった朝ごはんを
食べ始める。
 昨日、駅前の魚屋で買ったばかりの新鮮な
あじの開きだ。味噌汁の具も、しじみ、はま
ぐり全て昨日の魚屋で調達したばかりのもの
だった。

「美味しい!」
「私いつも朝はパンだから、朝からお米って
食べられないかなって思っていたけど、美味
しくていくらでも食べれてしまいそう」

 ルリ子が食べながら満足そうに言った。

「お代わりも、まだまだいっぱいあるから食
べてね」

 麻美が言った。


「太ってしまうよ」
「クルージングは食事が美味しいから、クル
ージングに来たらどんどん食べて太りな。ダ
イエットは普段の日にすればいいんだから」

 隆がルリ子に言った。

「普段の日もダイエットできずに食べすぎち
ゃうんだけどね」

 ルリ子は、苦笑しながらも二杯目のごはん
を食べていた。

 横浜への出航は、9時に決まった。

 出航の9時までには、まだ少しばかり時間
があった。

 麻美と佳代、ルリ子は、ヨットが停まって
いる岸壁でぶらぶら散歩していた。
 岸壁の上側では、親子連れがやって来てい
て日曜日の朝の釣りを楽しんでいた。
 小さなハゼやイワシが釣れていた。

「あ、カニがいる!」


 岸壁の岩の隙間を歩いているカニを見つけ
て、佳代は叫んだ。

 カニたちは、岩の間から出たり、入ったり
していた。ルリ子は、ポンツーンの脇のとこ
ろに落ちていた穴の開いた網を拾って、それ
でカニを捕まえようとしていた。

「捕まえたよ!」

 ルリ子は、網の中に入ったカニを手に持っ
て、麻美に見せた。

 麻美は、穴の開いた網でカニを捕まえたル
リ子をすごいって思っていたが、佳代のほう
がもっとすごかった。
 佳代は、カニに気づかれないように、そっ
とカニの背後に近付くと、手を伸ばして素手
でカニを捕まえていた。

「かわいい!」

 ルリ子も、佳代も、捕まえたカニを眺めな
がら、頭のところを撫でてあげていたが、カ
ニは本当に撫でられて喜んでいるのかどうか


は、微妙なところだった。

「お!カニじゃん」

 洋子、雪といっしょに港の向こうまで散歩
に行って、帰ってきた隆が、佳代の持ってい
るカニを見つけて言った。

「味噌汁にして食べるのか?」

 隆は、佳代に言った。

 佳代は、可愛らしいカニの顔を見ていたら
食べてしまうのは可哀そうに思っていた。

「食べられるの?」

 ルリ子は、自分の取ったカニを見ながら、
隆に聞いた。

 よくスーパーで売っているカニは、真っ赤
な色をしていて美味しそうだったが、今、目
の前にいるルリ子の取ったカニは、茶色っぽ
い緑色をしていて、どうみても美味しそうで


はなかった。
 サイズだってルリ子の手よりもはるかに小
さい極小の、ミニサイズだ。

「食べられるさ」

 隆は、そう言うとカニをルリ子の手から取
ると、持ったまま船内のギャレーに入った。

 棚から大きな鍋を取りだすと、そこに水を
入れて沸かす。鍋には特にダシは入れない。
カニ自身の体から美味しいダシが出るので必

要ないのだ。
 お湯が沸くと、隆は、その中にルリ子のカ
ニを投入する。
 お鍋の中に入ったカニは、さっきまでの緑
色の体が、真っ赤に変わっていた。
 ルリ子は、カニって茹でると真っ赤になる
なんて初めて知った。

「そっちのカニはどうするの?茹でるの?」

 隆は、カニを抱えている佳代に聞いた。


「佳代ちゃんのは、可哀そうだから逃がして
あげようか」

 佳代がずっと大事そうに取ったカニを抱え
ていたのを見ていたので、麻美が代わりに答
えた。

 佳代は、自分の持っていたカニも味噌汁に
してもらおうと隆に差し出した。
 ルリ子のカニがお湯の中で真っ赤になって
気持ちよさそうな顔をしていたので、味噌汁
になるのも悪くないかなと思ったのだった。

 佳代の持っていたカニも、ルリ子のカニと
仲良く並んでお鍋の中で、真っ赤な顔をして
温泉に入っているようだった。

第44回につづく


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