千葉の保田漁港

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第37回

 食事が終わると、ラッコの乗員たちの緊張
した操船が続いていた。

 食事が終わって、いよいよラッコは東京湾
を横断するのだ。

 ラッコの左右からひっきりなしに、貨物船
やら、タンカーやら大型の船が走ってくる。

 その間を縫って、横断しないと向こう岸の
千葉には到着できない。

 太平洋横断も大変なことかもしれないが、
東京湾横断も、ある意味ではけっこう大変な
のだった。

 食事が終わって船内からデッキに出て来て
隆がステアリングを握って舵を取る。それを
雪や洋子などクルーがサポートする。

「右、1時方向から大型のタンカーが入って


きます!」

 洋子が右側から寄って来るタンカーを見つ
けて、船長の隆に報告する。

 今度は左から貨物船がやって来て、左側を
ウォッチ、確認していた佳代が、隆に大声で
報告する。

 船の場合は、船の前方、後方、左右などを
時計に見立てて伝える。
 例えば、船の左側のことを3時方向と言う

のだ。逆に右側を9時、船を中心にして、先
頭を時計の12時、1時、2時…と少しずつ
左に周って行き、反対側の船の後方が6時、
右側が9時と一周するのだ。

「右側から白い大きな船が入ってきます!」
「うわ!あの船、太陽が昇っている」

 ラッコの右側、東京湾の外から中に入って
来る大型の白い船体が見えた。
 その白い船体の横腹には、オレンジ色のペ
ンキで大きな太陽の上半分だけが描かれてい


る。ちょうど海から半分だけ太陽が隠れてい
るようで、日の出のように見える。

「旅客船、フェリーだよ。宮崎から走って来
たんだ」

 隆が皆に説明した。

 東京と九州の宮崎の間を結んでいる定期船
で、途中、和歌山に寄港してから東京に戻っ
て来たところだった。

 その船がラッコの前を通り過ぎ、東京湾の
奥のほうに入って行った。

 油だらけの汚いタンカーや貨物船が前方を
通り過ぎていくところよりも、その白い船体
の日の出が通り過ぎていくところを眺めてい
るほうがなんとなく感動的だった。

 日の出のフェリーをやり過ごすと、ラッコ
はようやく東京湾を横断し切った。

 隆をはじめとする乗員たち皆は、いちおう


にホッとした表情だった。

 東京湾を横断し終えると、保田の漁港は、
もう目の前だった。
 漁港の白い建物がもう見えている。特に目
の良い佳代は、その建物を誰よりも一番最初
に見つけていた。

「おいおい、揺れるぞ!皆、落ちないように
どこかに捕まって!」

 隆が叫んで、皆はデッキのライフラインに

しっかり捕まって、揺れに備える。
 小型のモーターボートが、走っているラッ
コの脇を、ものすごい高速で通り抜けて、保
田の漁港へと入港して行った。

 ヨットは、横からの波に弱いので、小型と
はいえ、モーターボートの引き波を受けて、
ラッコはぐらぐら揺れていた。

 ようやく揺れが収まると、改めてラッコも
保田の漁港に向かい、入港していった。


 気づけば、もう夕方だった。

 もう少し早く到着できるかと思っていたが
のんびりしていたら、保田の港に到着したの
は、太陽が沈む夕日と同じぐらいになってい
た。

第38回につづく