もうひとつの卒業式

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第142回

 洋子は、レストランからの帰り道、もらっ
た卒業証書の入った筒を空中に放り投げなが
ら歩いていた。

 ルリ子や雪も、もらった卒業証書の筒を天
高く放り投げては、落ちてくるところをキャ
ッチするのを繰り返し歩いていた。

 まるで、アメリカ映画の卒業生たちが、卒
業式から退場してきたときのようだった。

「船に帰ったら、ラッコだけの卒業パーティ
ーもしようね」

 麻美は、横を歩いている佳代に言った。

 麻美は、皆に内緒で、今日の卒業式のため
に、皆のお祝いのケーキを買ってきてあった
のだ。


 隆の自宅の近くにあるデパートで買ってき
たものだった。

「こんばんは」

 ラッコのキャビンの中で、ラッコのメンバ
ーだけの小パーティーの準備をしていると、
マリオネットのメンバーたちが、ラッコに遊
びに来た。

「こんばんは」

 ケーキ用に用意していたレモンティーをテ
ィーカップに注ぎながら、麻美が返事した。

「じゃーん!」

 麻美が、ケーキの箱を開けて、皆が座って
いるテーブルの上に乗せた。
 白いクリームが掛かった丸いケーキの上に
いっぱいフルーツが盛られていた。

「すごい!美味しそう」


 皆は、ケーキを見て、歓声を上げた。

「今日は、誰かのお誕生日なのか?」

 中野さんは、ケーキを見て聞いた。

「皆のヨット教室の卒業を祝ってのケーキな
のよ」

 麻美は、答えた。

「坂井さんや松尾さんも、ヨット教室の卒業

ですものね。一緒にお祝いしましょうか」
「え、ありがとう。なんだかラッコの皆さん
の生徒さんの卒業に、私たちまで便乗させて
もらってしまったみたいな感じで」

 思わぬ人数が増えてしまったために、麻美
は、ケーキを人数分に切り分けるのに苦労し
ていた。
 あまりに人数が多く、一人分のケーキがず
いぶん細長くなってしまっていた。

「中野さんは、これを垂らしたほうがいいで


しょう?」

 麻美は、ケーキと一緒に付け合わせで用意
していたレモンティーのうち、中野さんの分
には、ウイスキーを数滴たらした。

「あ、俺のにも入れて」
「あら、隆も入れるの?めずらしい」

 麻美は、あまりお酒を飲まない隆のティー
カップにも、ウイスキーを垂らしてあげた。

「もう、それでいい。充分」
「これだけでいいの?これじゃ、ウイスキー
の味なんかしないと思うよ」

 ほんの一滴だけ垂らしたところで、隆が言
ったので、麻美は苦笑した。

第143回につづく