すべての不幸のはじまり
すべての不幸のはじまり

ある日、突然どうやってもおしっこが出なくなった・・とてつもなく巨大なアレ- 前立腺肥大症 -との3ヶ月間にわたる大闘病記。

 朝、家を出るときのトイレは、利用者が多
く渋滞していた。
両親に、兄弟姉妹、叔父みなが順番に使用す
るからだ。帰りの私は、弟が運転する車で数
時間かけて東京まで帰宅だ。帰りの途中で、
高速道路のまんなかでトイレに行きたくなっ
たら大変だ、もちろん私も、帰省先の家を出
かける前にしっかりと家のトイレで用を済ま
せていた。

 いや、正確には用を済ませるためにトイレ
には入ったが、トイレの中では大きいのは出

たが、小さいのは何も出なかったのだが。
 私の後に、トイレを利用しようと姉が待っ
ていた。まあ、でもそういう日もあるだろう
ということで特に気にすることもなく、私は
次の人のためにトイレを出た。
 弟の車の後部座席に乗って、助手席の父、
運転席に座っている弟の運転で車は、家の駐
車場を出ると、高速に乗って東京を目指して
出発していた。

 車が東京行きの高速道路に乗ると、私は、
おしっこがしたくなってきた。


でも、車は高速道路にいま乗ったばかりだ。
 それほど、おしっこに行きたいわけでもな
かった。しばらくは車は高速道路をずっと走
り続けていた。
 それでも、車が東京の家に到着するまで、
ずっとおしっこは我慢できなかった。

「次のパーキングエリアでトイレに寄っても
らえないかな」

 私は、弟に頼んで、次に出てきたパーキン
グエリアで車を停めてもらった。

 私は、パーキングエリアのトイレに駆け込
み、用事を済ませようとした。しかし、自分
の身体は確かにおしっこがしたくて、したく
てたまらないのに、トイレにしゃがんでも、
おしっこは一切出てこなかった。

「なんで、おしっこ出ないのだろう?」

 それでも、ずっとパーキングエリアのトイ
レに座っているわけにはいかないので、いっ
たんトイレを出てから車に戻った。
 体は、トイレに行きたがっていたが。


 私が車に乗りこむと、弟はエンジンをかけ
て再び車は出発した。車が走り出して、まも
なくまた、おしっこがしたくなってきた。
 次のパーキングエリアで再び車を停めても
らう。そして、そこのパーキングエリアのト
イレに駆け込む。
 しかし、やはり、おしっこは出なかった。

 おしっこは出ないままに、また車に戻って
きて、再び出発する。そして、次のパーキン
グエリアでも車は停車しトイレに駆け込む。
 しかし、やはりおしっこは出ない。

「紙おむつ、持っているけど・・」

 父がバッグから自分の紙おむつを1枚取り
出して手渡してくれる。私は、父からもらっ
た紙おむつを手に持ってトイレに行き、紙お
むつに着替える。
 車に戻って、また出発する。

今度は、紙おむつをしているので、どんなに
おしっこがしたくなっても、もう大丈夫だ。
 というか、どうせトイレに行ったって、お
しっこは出ないのだろう。


 でも、紙おむつをしているので、もらすこ
とはないだろう。

 安心して走行中の車の後部座席で、真横に
寝転がって安静にしていた。紙おむつのおか
げでもらすことがない、というよりも、おし
っこに行きたくて仕方ないにも関わらず、下
半身はおしっこを出すことが出来ないので、
もらすことが無かったというほうが正しかっ
たのだろう。

 車の中で、おしっこがしたいのに出ないの

で、だんだんお腹が苦しくなってきた。やが
て、車は東京の実家に到着した。
 弟に荷物を持ってもらって、私はフラフラ
になりながら、実家のマンションのエレベー
ターを上がり、実家のトイレに駆け込んだ。
 しかし、おしっこは出ない。

「それじゃ、先に自分の家に帰ります」

 弟がトイレの外から声をかけてくれ、自分
の家に帰った。


「おつかれさま」

 私は、トイレの中から表にいる弟に返事を
した。結局、30分ぐらいトイレの中にいた
が、おしっこは一滴も出ることなく、実家の
トイレを後にした。

「今日は泊まっていったら?」

 私は、東京の実家から東横線で横浜に行っ
た横浜市内に住んでいる。
 明日はふつうに休み明けなので、会社があ

るから今夜じゅうに横浜の自宅に帰っておき
たかった。しかし、お腹の痛みは、すぐに自
宅に帰れる感じではなかった。

「ほんの少しだけ寝かせて」

 私は、少し気分が良くなるまで数時間だけ
実家のベッドで寝かせてもらうつもりで、父
がふだん寝ているベッドの隣の空いているベ
ッドで寝かせてもらった。


 ほんの数時間眠るつもりが、結局朝まで起
き上がることができずに、その晩は、実家の
父のベッドの隣の空いているベッドでずっと
寝てしまった。寝ている間、私は夜中にお腹
の痛みで大声をあげて叫んでしまっていたら
しい。

「そんな大声で叫んだら、隣の人に何事か思
われてしまうかもしれない」

 父に言われて、自分が痛みに大声をあげて
いたことに気づかされた。

 このまま、父の隣で寝ていたら、私の大き
な寝言で、父まで眠れなくなってしまうと思
ったので、毛布を片手にリビングに移動して
リビングのソファに横になり朝まで眠った。

「きょう、会社に行けるのか?」

 朝になって、父に聞かれた。昨日の長野か
ら戻ってきたときよりは多少お腹の痛みは無
くなっていた。


 それでも、さすがに満員電車に乗って、こ
れから横浜まで戻り、会社に出かける気力は
出なかった。

「会社にメールして、お休みすることを伝え
ておいた」

 私は、会社にお休みするメールを打った後
で、父に伝えた。父は、朝ごはんを何か食べ
に行こうかと誘ったが、ちょっと食事を口に
できる体調では無かったので断った。

 朝のラッシュアワーの時間が過ぎるまで、
しばらくここのリビングのソファでゆっくり
休んだ後、自宅に帰って、きょうは家の自分
のベッドでゆっくり休むと父には伝えた。

 そして、朝のラッシュアワーの時間が過ぎ
ると、フラフラの身体で東横線に乗って家に
たどり着き、自分のベッドの中に潜り込んで
眠りについた。

「おなかが痛い」につづく