プロローグ

ある日、突然どうやってもおしっこが出なくなった・・とてつもなく巨大なアレ- 前立腺肥大症 -との3ヶ月間にわたる大闘病記。

 その週末は、久しぶりの家族での国内旅行
だった。

 子どもの頃は、よく両親に兄弟、姉妹みな
そろって家族で国内旅行に出かけたものだっ
た。しかし、みな学生から社会人へと大人に
なり、実家を出て、兄弟姉妹それぞれに結婚
したりして独立し、それぞれ自身の家族を持
つようになってからは、もともとの家族であ
る両親、兄弟姉妹がそろって泊まりがけの旅
行に出かけるなどということはすっかり無く
なってしまっていた。

  東京から新幹線に乗って、わずか一時間、
東京から車で高速道に乗っても、わずか数時
間、信州は長野へと帰省する距離にすれば、
ほんのわずか、土日だけのたった一泊だけの
小旅行。それでも久しぶりの家族旅行で、一
家団欒ほのぼのとした国内旅行だった。
 帰省先の家にたどり着く少し手前にあるス
ーパーマーケットに、その日の晩、食べる食
事の買い出しのためにふらりと立ち寄った。
 その日の晩ごはんは、すき焼きにしようと
旅行に出かける前から皆で事前にしっかりと
決めていた。


 白菜、しらたき、しいたけ、卵に、牛肉そ
れにすき焼きのたれ、食後のデザートには、
最近、長野で流行っている黄緑色のシャイン
マスカットという大きなぶどうも購入した。
 ビール好きの弟と姉は、ちゃっかりいつの
間にかショッピングカートの中にビールの缶
まで入れていた。
 そして、2人は、お酒コーナーの前で長野
産のぶどうで作ったワインをどれにしようか
選んでいた。2人とも、普段の日は特にそれ
ほどお酒を毎晩のように飲み歩いているとい
うタイプでは無かった。

 今日ぐらい少しお酒を飲んだって別に構わ
ないだろう。

 帰省先の家に到着すると、ずっと締め切っ
たままだったので、雨戸を全開に開けて、部
屋の中の空気を入れ換える。窓を開けると、
長野の高原の風が入ってきて身体に心地よか
った。
 私は、姉や妹たちといっしょにスーパーマ
ーケットで購入してきた肉や野菜を、まな板
の上に並べ、包丁で手際よく切っていく。
 弟は、テーブルの上にカセットコンロとお


鍋を置いた。
 テーブルの上の鍋が温まると、購入してき
た牛肉を1枚ずつ丁寧に焼いていくすき焼き
や鍋をするときは、いつも弟が鍋奉行だ。

 その日の夕食は最高だった。皆は、お腹い
っぱいになると、それぞれ布団を敷いて、大
部屋でごろりと横になって眠りについた。
 奥の部屋では、両親が先にベッドで眠りに
ついていた。
 姉や妹たちは、子どもの頃を思い出したよ
うに布団の中でずっと夜遅くまで時が過ぎる

のを忘れ、おしゃべりをしていた。
 私は、布団の中で姉たちの会話を聞くとも
なしに聞き、子守唄代わりにしていた。
 兄たちは、テレビの深夜番組を夜遅くまで
視聴していた。

 布団の中で姉たちのおしゃべりとテレビの
音声を聞いているうちに、やがて、いつの間
にか眠ってしまっていた。
 夜中に目が覚めて周りを見渡してみると、
テレビの画面は消えており、部屋の明かりも
消え、真っ暗になっていた。


 おしゃべりをしていた姉たちの会話も消え
みなぐっすり眠っていた。

 次の日の朝、前日に買っておいたパンと、
昨夜のすき焼きで余った卵で目玉焼きを作っ
て朝ごはんにする。
 朝ごはんを食べ終わると、片づけを済まし
て、軽井沢の街を散策に出かけた。
 といっても、1泊だけの旅行なので、そん
なに遠くをゆっくりと回っている時間は無か
った。軽井沢周辺の街を皆で少しぶらりとす
るだけだ。

 姉たち電車組は、軽井沢駅の駅前にあるア
ウトレットモールで、お財布代わりの叔父を
連れて、ショッピングを楽しんでいた。
 ショッピングを楽しんだ後、そのまま軽井
沢駅から新幹線に乗って東京への帰路につこ
うというのだった。

 私たち自動車組は、昼間になって高速が渋
滞しないうちに、早めに帰路についた。

 この帰路で、私の不幸はゆっくりとやって
くるのであった。


 これは、久しぶりの家族旅行からの帰り道
突然の不幸に襲われ、前立腺肥大症という病
と3ヶ月にわたる長き日々を過ごしてきた闘
病記の記録である。

「すべての不幸のはじまり」につづく