ゆみの病気

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

「ディズニーワールドは連れていってあげる
けどさ、おまえの体調は大丈夫なのか」

 隆はゆみに聞いた。

「やっぱり、フロリダまで車で行こうか」
「大丈夫」
「でも、車で行く方がいいだろう」
「いやだ、飛行機にも乗りたいし」
「車で行くのも良いかもしれないぞ。途中に
何泊かして、フィラデルフィアとかワシント
ンDCに立ち寄ってさ。ほら、おまえも学校

で習っただろう」
「うん」
「フィラデルフィアはアメリカ開拓時代に栄
えた町、ワシントンはリンカーンとかジョー
ジワシントンとかいろいろ勉強になるぞ」
「そうだね」
「おまえはやっぱり飛行機に乗らないほうが
いいよ」
「・・・」
「なんかあったら大変だし、おまえは大丈夫
って思うかもしれないけど、おまえが倒れた
らお兄ちゃんが悲しいからな」


「うん」

 ゆみは生まれつき身体が弱かった。ずっと
かかりつけのお医者さんと自分の体調の様子
を確認しながら育ってきていた。
 隆とゆみの両親に日本国籍があるというの
に、ゆみには日本国籍が無い。そうなってし
まった理由の一つでもあった。

 ゆみは帝王切開だった。ゆみは生まれたと
き、生後2週間ぐらいずっと未熟児で新生児
室で過ごしていた。

 それから、しばらくしてから母親の腕に抱
かれた。そして両親と隆は、生まれたゆみを
抱き、病院を退院した。
 病院の入り口を出て退院したとき、表の道
路で交通事故にあい、ゆみの両親は亡くなっ
てしまった。
 そのとき、たまたま妹が、初めての兄弟が
出来たことが嬉しくて、隆が抱っこしていた
ことで、ゆみは事故から免れた。

 両親が亡くなり、ニューヨークで高校を卒
業したばかりの隆とゆみの2人だけになって


しまったとき、日本にいる祖父母、親戚は隆
に日本に帰ってこいと伝えた。
 もちろん、そのとき隆もゆみを連れて日本
に帰るつもりだった。しかし、未熟児で生ま
れ、生まれたときから体内に爆弾を抱えてい
たゆみは、退院後も過度な運動も、普段の生
活もやれることは限定され、いろいろと出来
ないことも多かった。
 飛行機は陸地を離れ、上空の気圧の違うと
ころに上昇し移動する乗り物だ。身体の弱い
まだ幼いゆみが乗ることは、医者からも止め
られ、命取りにもなる行為だった。

「おばあちゃん、俺、妹のゆみをここに残し
て日本に帰国することは出来ない」

 隆は祖母に電話で伝えた。

 それでも、隆のことを心配した日本にいる
祖父母、親戚たちは究極の選択で、ゆみのこ
とはアメリカのどこか保護施設に預け、隆だ
けでも日本に戻ってこいと伝えた。

「俺はもう学生じゃない、高校を卒業した。
大学に行くのは諦める、ここニューヨークで


就職し、働きながら妹のゆみを育てていく」

 隆は自分の決断を日本にいる祖父母たちに
しっかりと伝えた。

 そして、隆は父親の勤めていた商社の、ニ
ューヨーク支店のツテを頼った。

「俺、なんでも働きます!うちの父親の代わ
りとまではいかないかもしれませんが、どう
か働かせて下さい」

 隆は、父親の働いていた商社のニューヨー
ク支店に直談判し、現地採用してもらった。
 そのときに父の同僚で同じ総務部に勤務し
ていた岡島さんには大変な尽力してもらって
いたのだった。
 岡島さんは父の商社での同僚でもあり、岡
島さんの奥さんは、母の大学時代の同期でも
あった。

 両親がそれまでに残してくれたお金が多少
はあったとはいえ、高校卒業したばかりの隆
のお給料と合わせて、生まれたばかりのゆみ


と2人だけでニューヨークで暮らしていくの
は大変だった。
 普通の赤ん坊でも、母乳の代わりのミルク
やオムツなど必要なものはいくらでも在ると
いうのに、生まれつき病弱なゆみは、定期的
に医者にも通わなければならない、薬だって
いろいろ必要だった。
 生みの親は隆の母親だが、育ての親は隆と
いっても過言ではなかった。

「飛行機はやはりまだちょっと早いよ」

 隆は、ゆみに言った。

「最近、お医者さんにも身体が良くなってき
たとは言われてるけど、飛行機はもう少し我
慢しようか」
「うん」
「もう少し頑張って体調を整えれば、もっと
身体だって丈夫になってくれるさ」
「うん!」
「そしたら飛行機に乗ってどこでも行ける」
「あたし、飛行機は乗れなくてもいい、丈夫
になったら学校の体育やりたい」


「ああ、そうだな」

 隆はゆみに答えた。ゆみは体調の関係で学
校の体育はいつも見学していた。
 だから、学校の無い日も、近くの公園には
行かず、兄の隆と一緒に過ごしている方が多
かった。公園で良明が野球していた日本人の
子たちと接することもあまり多くない。だか
ら日本語が上達しなかったところもあったか
もしれなかった。

「事件発生!」につづく