良明のお母さん

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

「そうだよ。ゆみちゃんやヒデキと同じアパ
ートメントに住んでいるよ」

 椎名が、もう一度ゆみに伝えた。

「あたしと良明君って同じところなの?」

 今度は、ゆみが驚いて聞き返した。

「同じアパートメントに住んでいたんだ」

 ゆみは、良明のほうを見て言った。クラス

が一緒でさらに家まで一緒だったなんて。

「今日ってゆみちゃんたちのクラスも午後の
授業ないでしょう?」
「うん」
「じゃあ、今から良明の家に行こう、俺が案
内してやるよ」

 ヒデキが言った。

 ゆみは、いつの間にか良明、椎名そしてヒ
デキと一緒に家路の道を歩いていた。


 手には壊れたカチューシャと取れてしまっ
た花柄部分を持っている。
 ヒデキは、良明のお母さんに会って壊れた
ゆみのカチューシャのことを言いつけて、弁
償してもらうつもりでいるみたいだった。
 でも、ゆみには、別にカチューシャなどど
うでも良くなっていた。弁償してもらおうと
いう気は全くなかった。
 ただ良明の家に行ったら一緒に遊んでもっ
と仲良くなれるかな、そんな思いでいるだけ
だった。それにしても、良明君が自分と同じ
アパートメントに住んでいた、なんてちょっ

と驚きだった。


 うちのアパートメントのエントランスを入
っていくと、顔見知りのドアマンが、ゆみた
ちのためにオートロックのドアを開けて待っ
ていてくれた。

「サンキュー」

 ゆみは、顔見知りのドアマンが開けてくれ
ているドアをヒデキたちの後ろについてエン


トランスをくぐって中に入った。
 皆は、入り口のラウンジを抜け、エレベー
タに乗って上階にあがる。4人が乗ったエレ
ベータは、4階で止まった。
 エレベータのドアが開いて、ヒデキがエレ
ベータを降りた。ヒデキの家に行く予定の椎
名もヒデキの後に続いてエレベータを降りて
しまった。
 ヒデキの家族はこのアパートメントの4階
に住んでいるのだった。

「え、降りちゃうの?」

 エレベータを降りた2人に、ゆみが声をか
けた。

「うん。だって俺たちは関係ないから」
「一緒に良明君の家に遊びに行かないの?」

 ゆみが2人に聞いた。

「ううん。行かないよ」
「良明の家には、遊びに行くんじゃないでし
ょう。ちゃんとお母さんに言って、カチュー
シャを弁償してもらうんだよ」


「それじゃ、頑張って良明のお母さんにちゃ
んと言うんだよ」

 そう言い残して、ヒデキはエレベータを降
りていってしまった。
 一緒に行って案内してくれると言っていた
のに、ゆみのことを良明の家へ行くようにさ
んざん焚きつけておいて、自分の家に帰って
しまうなんて。

 エレベータは、後に残った2人を乗せたま
ま、さらに上階に上がっていく。エレベータ

は、どんどん上がっていき、14階で止まり
扉を開いた。

「良明君って14階に住んでいるの?」

 ゆみは、良明に聞いた。

 良明は、何も答えずに黙ったまま立ってい
る。と突然、良明はエレベータの7階のボタ
ンを押した。14階に止まっていたエレベー
タは、扉を閉じて下がり始めた。


「え、7階に住んでいたんだ!あたしと同じ
階なんだね」

 ゆみは、嬉しそうに良明に話しかけた。

 エレベータは、7階に止まり、良明はエレ
ベータを降りた。ゆみも降りて、良明に「ど
っち?」って聞いた。

「あたしの家は、こっちの廊下の先だよ」

 良明は、何も言わずにそのまま、階段室の

ドアを開けると階段を上った。
 ゆみは、不思議に思いながらも、一緒に階
段を上に上がっていく。良明は、8階でまた
エレベータに乗った。
 ゆみも一緒に乗って、エレベータは再び上
がり始めた。今度は、エレベータは12階で
止まった。
 良明は、エレベータを降りずに今度は3階
のボタンを押した。エレベータは、2人を乗
せたまま3階を目指して下っていった。

「どこに行くの?」


 ゆみは、不思議そうに良明の顔を覗き込ん
だ。エレベータは、2人を乗せて、3階まで
下っていった。でも、3階に到着する前に、
4階で止まって扉が開いた。
 開いた扉の前には、野球帽をかぶってバッ
トとグローブを持ったヒデキと椎名の姿があ
った。

「あれ?どうしたの」
「良明の家には行ったの?」

 2人は、正面のエレベータの中に良明とい

たゆみに聞いた。

「ううん。何階かわからずにエレベータでう
ろうろしているの」
「良明の家は11階だよ」

 椎名が言うと、エレベータの11階のボタ
ンを押した。エレベータは、また上がりだし
て今度は11階に着いた。
 今度は、4人で11階の階でエレベータを
降りた。降りてすぐに、良明は、右の方の廊
下に歩き出した。ゆみもついて行く。


「良明の家はこっちだよ」

 椎名が、左の方の廊下に向かって歩く。ヒ
デキも椎名と同じ左に歩いていく。
 ゆみは、しばらくどっちに行こうか迷って
いたが、「こっちだって」と良明の手を握っ
て、左の方に2人の後を追いかけた。
 椎名は、廊下の一番突き当たりの先まで行
くと、そこにあった2つの扉のうち、左側の
扉の前で立ち止まって、ゆみたちが来るのを
待っていた。
 ゆみが、良明の手を引いて突き当たりまで

やって来ると、

「ここが良明の家だよ」

 椎名は、ゆみに言った。

「どうぞ」

 ヒデキは、ドアの脇に付いているインター
フォンのボタンを指差して、ゆみに言った。

「あたしが押すの?」


 ヒデキが頷いた。

 2人にせかされて、ゆみは、仕方なくイン
ターフォンを押した。ベルが鳴って、部屋の
中から「はーい」と女性の声がした。

「早くなんか言いなよ」

 ヒデキがゆみに囁いた。なんて言ったらい
いのだろうか?

「あのぅ~、ゆみといいます」

 初めて来た家で、ゆみなんて言って通じる
のだろうかとは思ったが、中から呼ばれてい
るのに黙っているわけにもいかないので、ゆ
みは仕方なくつたない日本語で答えた。
 初めて会う中の人に、突然ゆみなんて言っ
ても、通じるわけないだろうけど、ゆみの頭
の中に次に言う日本語が上手く思い浮かばな
かったのだ。

 と玄関のドアが開いて、中から妙齢の婦人
が顔を出した。ゆみの声で子どもの、女の子
の声だとわかって、安心して開けてくれたよ


うだった。
 部屋の中から顔を出したその女性とゆみは
目があってしまった。
 なんて話しをしたらいいのだろう?日本人
だし日本語で話したほうがいいよね?ゆみの
話す下手な日本語でも通じるのだろうか。

「あ、あたしはゆみといいます。ヨシュワキ
ー君のクラスメートで…」

 あとの言葉がうまく出てこない。緊張のあ
まり良明とわかったのにヨシュワキーと呼ん

でしまっていた。

「ヨシュワキー君?」
「良明君のことです」

 うまく良明の名前を発音できないゆみのこ
とを、椎名が助け舟を出してくれた。

「ああ、うちの良明の学校のクラスメートの
女の子なの、かしら?お友達?」
「はい!」


 お友達というその言葉に嬉しくなって、ゆ
みは元気に返事した。

「あらら、それはいらしゃい!」

 その女性は、ゆみのことを笑顔で歓迎して
くれた。女性の笑顔は、とても優しく、いい
笑顔だった。

「ゆみちゃん、ここに来た目的の話を言わな
くちゃ」

 このままでは良明の母と仲良くなって終わ
りだ、そう感じたヒデキは、慌ててゆみに言
った。でも、ゆみは、カチューシャのことは
もうどうでも良くなっていた。
 そんなゆみの手の上に、ヒデキが壊れたカ
チューシャと花柄の部品をのせた。

「あら、それどうしたの?」

 その女性は、ゆみの手の上に乗せられた壊
れたカチューシャを見て言った。


「ほら、ゆみちゃん。早く話しなよ」

 ヒデキが、さらに催促する。ヒデキ的には
恋のライバルになるかもしれない良明に少し
でもダメージを与えておきたかったようだ。
 壊したカチューシャを見て、良明がお母さ
んに叱られるところを見たかったのだろう。

「あのぅ、良明君とぶつかったときに落ちて
しまって壊れちゃったの」

 ヒデキに催促され、仕方なくゆみは女性に

事情を説明した。

「あらら、かわいそうに」

 女性は、ゆみからカチューシャを受け取っ
て、見つめながら言った。
 ゆみの後ろに立っている良明の姿に気づく
と、女性は良明に言った。

「あなたがこのお嬢さんのカチューシャ壊し
ちゃったの?ダメじゃないの!」


 良明は、黙ったままだ。ヒデキの思惑通り
良明がゆみの前で母に怒られそうだ。ヒデキ
はその光景を眺めていた。
 そのとき女性の後ろから聞き覚えのある声
がした。

「ゆみ!おまえ何やってるんだ?」

 部屋の奥から聞こえてきたのは、聞き覚え
のある兄の隆の声だった。

「母の知り合い」につづく