スピンで逆転

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第124回

 マリオネットは、風上のブイを周った。

 スタートは、一番最後にスタートしたマリ
オネットだったが、風上のブイを周ったのは
一番最後では、無かった。

 まだ後ろに2艇いた。

 ということは、風上のブイに着くまでの間
に、2艇のヨットを追い抜いたことになる。

「さすが隆君。2艇をもう追い抜いたのか」

 オーナーの中野さんは、舵をすっかり隆に
任せきりで、一番船尾のオーナーズシートに
腰かけながら満足そうにしていた。

「いや、もともとマリオネットってモーター
セーラーといっても、セイリング性能はぜん
ぜん悪くないヨットなんですよ。だから、セ


イルトリムをしてやれば、レースでもそれな
りにちゃんと走りますよ」

 隆は、中野さんに答えた。

 隆は、中野さんにそう答えた後で、だから
俺なんかが助っ人に来なくても、マリオネッ
トの皆さんでちゃんとセイルトリムしさえす
れば、普通にレースでも上位を狙えますよと
心に思いながら、口には出せないでいた。

 佳代に聞きながら、坂井さんのご主人のほ

うと松尾君は、ジブセイルのセイルトリムを
シート、ロープを引いたり、出したりしなが
ら、こまめにやっていた。

「スピン、アップできるか!?」
「はーい!」

 隆のかけ声で、船首にスタンバっている佳
代は、スピンセイルを上げた。

 マストのトップまで上がったスピンセイル
は、バルーン型のカラフルなセイルを大きく


膨らました。

「きれい」

 佳代の真横でスピンセイルを上げるのを手
伝っていた坂井さんの奥さんの口から、思わ
ずカラフルなスピンが上がった感想がもれて
いた。

「スピンポールを、もう少し上げたいのに届
かない」

 背の低い佳代が、マストの側で一生懸命背
伸びしながら、スピンポールを持ち上げよう
としていた。

 側にいた坂井さんの奥さんが、一生懸命背
伸びしている佳代の様子を、笑顔で見ながら
ひょいと手を伸ばしてスピンポールを持ち上
げてくれた。

「ありがとう!」

 佳代は、手伝ってくれた坂井さんの奥さん


に笑顔で答えた。

「もう少し、風下のほうに向けて!」

 船首の佳代は、後ろのコクピットで舵を取
っている隆に向かって、叫んだ。

「了解」

 隆は、佳代に言われたとおりに、マリオネ
ットの方向を少し風下側に落とした。

 マリオネットが方向を換えた、その前方に
はスピンを上げながら走って行くレース参加
艇のヨットの姿があった。

 スピンセイルというのは、風を船の後ろか
ら受けているときに使うセイルだ。

 スピンを上げているヨットは、大概皆、ヨ
ットの後ろから風を受けている。
 レースなどで後ろから追いかけているヨッ
トは、うまく前方を走って行くヨットの直後
につけられれば、前方を走っているヨットの


受けている風を妨害することができるのだ。

 マリオネットは、前方を走っていたヨット
のすぐ直後につけられたために、そのヨット
が受けている風を妨害することができた。

 おかげで、マリオネットとそのヨットとの
間は、みるみる距離が縮んで、マリオネット
は追いつくことができたのだった。

第125回につづく