またヨット

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第97回

「一匹ぐらい、横浜マリーナまで、一緒につ
いてきてくれたらいいのに」

 すっかり、イルカのことが気に入ってしま
ったルリ子は、三崎の方へと戻っていくイル
カたちを眺めながら、少し名残惜しそうにつ
ぶやいた。

「でも、せっかく皆と一緒に暮らしているの
に、一匹だけ横浜マリーナに来ちゃったら可
哀そうよ」
「そうだよね」

 麻美に言われて、ルリ子も納得していた。

 ラッコは、マリオネットや海王たちと横浜
マリーナに戻っていった。


忙しい日々


 もう週末も近い金曜日だというのに、隆は
会社でとても忙しかった。

「うわ、こりゃ、もうダメだな。今日中には
終わらないよ」

 大島クルージングに行った三連休が明けた
後の平日のことだった。

 さっきから、大量に積み上がっているダン
ボールの箱を開けては、中から部品を取り出
して、組み立てている隆は、手を休めてまた

つぶやいた。

 何十万と入荷してきた商品を、一度ダンボ
ールから出して、アッセンブリー、組み立て
終わってから、お客さんのところに送らなけ
ればならなかったのだ。

 朝から、社員総出でやっているのだが、目
の前のダンボールは一向に減ってきている様
子がなかった。

「今日中は無理でしょう。今日、時間までや


ったら明日も頑張ろう」

 一緒にやっていた麻美も、手を止めて、隆
に答えた。

「明日?明日は土曜日なんだけど」
「うん。でも、仕方ないでしょう。出てきて
頑張りましょう」

 麻美は、お休みの日も、出てきて全部終わ
らせるつもりでいた。それでないと、来週の
納期までには終わりそうもない。

「明日か。」

 お休みの日まで仕事をしたくない隆は、麻
美から明日も仕事と聞いて、ぶつぶつ文句を
言っていた。

「まあ、明日は土曜日だから、最悪明日は出
てきて、この仕事をやっても良いと思うけど
明日だけで終わると思うか?」
「そしたら、日曜日もあるじゃないの」
「日曜日は、ヨットがあるよ」
「ヨットは、遊びなんだから、お休みするし


かないでしょう」

 麻美は、隆に言った。

 隆としては、会社の仕事が終わらずに残っ
ていれば仕事するが、ヨットを休んでまでも
仕事をしたくはなかった。
 そんな隆を、麻美は一生懸命慰めながらも
終わらないときにはヨットをお休みしても仕
事をするように、と鬼のような説教を隆に言
い続けていた。

「まったく、どっちが社長だかわからない」

 麻美は、それでもぐずぐず言っている隆に
思わず笑ってしまっていた。
 隆が、この会社の社長で、麻美はただの社
長秘書・・のはずだった。

 なのに、休みの日の残業を、社長はやりた
がらずに、秘書の自分がやるようにとなだめ
ているのだった。

「あ、時間だ」


 時間がきて、隆は、仕事の手をやめて帰る
準備をし始めた。

「明日も、仕事して終わらせるからね。終わ
らなければ、日曜もちゃんと会社に来て、仕
事するよ。わかった?」

 帰る準備をしている隆に、麻美はさぼらな
いように念を押していた。

「はーい」

 隆は、麻美に言われて渋々返事をしながら
自分のバッグを手にしていた。

 隆は、麻美には返事をしながら、もし日曜
も休みでなくなったら、洋子たちになんて言
って説明しようかと考えていた。

 帰り道、そのことを麻美に話すと、

「そんなの正直に、仕事が残っているからと
言うしかないでしょう。皆だって、それなら
仕方ないわねと言うだけよ」


 麻美は、隆に答えるのだった。

「今夜は、うちに来る?うちのお母さんがお
でん作っているみたいよ」
「行く。麻美のお母さんのおでんは絶品だも
のね」
「うちのお母さん、隆のことを気に入ってい
るみたいで、隆を連れて帰ると喜ぶのよ」
「俺も、麻美のお母さん、優しいし、親切だ
し好きだよ」
「そう、良かった。じゃ、一緒にうちに帰ろ
う。何なら、客間の部屋空いているから、今

日はうちに泊まっていきなさい」

 麻美は、今夜は、隆もうちで一緒におでん
を食べさせて、そのままうちに泊めさせるつ
もりでいた。
 そうすれば、明日そのまま隆を確保して会
社に連れていき、仕事の続きをさせられる。

 麻美は、このまま隆を自分の家に帰してし
まったら、寝坊したとでも理由つけて明日隆
は会社に来ないかもしれないと思ったのだ。


 そんな麻美の予想は見事的中、隆は明日の
土曜日の朝は、ゆっくり寝坊して起きてやろ
うと思っていたのだった。

第98回につづく