レース本部艇

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第120回

 小柄な佳代は、自分よりも遥かに大きなブ
イを抱えて運んでいた。

「おいおい、佳代が歩いているというよりも
ブイが歩いているみたいじゃないか」

 佳代が横浜マリーナの敷地内をブイを抱え
て歩いていると、マリーナの皆に、ブイが歩

いているみたいだと笑われてしまっていた。

 その後ろからルリ子が別のブイを持って歩
いてきた。

「ブイが歩いているみたいだな」
「佳代ちゃん、小さいから、ブイだけしか見
えないのよね。でも、可愛いよね」

 マリーナの皆が、佳代のことを話している
のを聞いて、ルリ子が答えた。


「小さいけど、意外に力あるんだな」

 佳代が、大きなブイを一人で持ち歩いてい
るのを見て、皆は話していた。

「私は?」

 ルリ子が、自分の持っているブイを持ち上
げながら、聞いた。

「ルリ子は、大きいからブイの中に体がぜん
ぜん隠れていないよ」

「ルリ子の体格は、丸いものな」

 32フィートのヨットオーナーの杉浦さん
が、ルリ子に言った。

「私も、ブイも、両方とも丸いから、ブイが
二つ歩いているみたい?」

 ブイを抱えているルリ子は、笑顔で杉浦さ
んに答えていた。

 ふつう、小太りの女性に、体が丸いなどと


その女性の体格のことを話したりしないのだ
が、いつも明るくおしゃべりなルリ子に対し
ては、ラッコのメンバーだけでなく、マリー
ナの誰もが、彼女に何も遠慮することなく接
していた。

 ルリ子も、体が丸い、と言われても嫌がる
様子もなく、逆に自分の体の丸さをギャグに
して笑顔で答えていた。

「ルリ子!早くブイを持ってきて!」

 ラッコのデッキの上にいる隆が、ルリ子の
ことを大声で呼んだ。

「はーい!」

 ルリ子は、片手にブイを持ちながら、脚立
を登ってラッコに乗りこんだ。

 ルリ子や佳代の持っていたブイは、今日の
最終レースで使うブイだ。

 二人が運んできたブイ以外に、ほかにも3


個ほどのブイが既に、ラッコのデッキの上に
乗っかっていた。

「お疲れ様」

 デッキの上にいた麻美が、大きなブイを抱
えて脚立を上ってきたルリ子から、ブイを受
け取った。

「出航準備が終わったら、うちは本部艇なん
だから、皆よりも早めにレース会場に出発し
よう」

 隆が言って、マリーナのスタッフにクレー
ンで、ラッコを下ろしてもらって、レース参
加艇たちよりも一足早くレース海域に向けて
出航した。

第121回につづく