ゆりこ先生の家

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

「出かけるぞ」

 隆は、部屋で出かけるため着替えていたゆ
みに向かって、言った。

「はーい」

 赤のチェックのブラウスに、紺のジーンズ
のゆみは、部屋から出てきた。

「良明君は?」

 ゆみは、隆に聞いた。

「もうロビーで待っている」

 ゆみが、靴をはいて、玄関の外に出ると、
隆は、家のドアの鍵を閉めた。
 ゆみが先に行って、呼んでおいたエレベー
タに乗ると、1階に降りる。

「ゆみは、ロビーの良明君のところに行って
いなさい」


 そう言って、隆は、ゆみを1階で降ろすと
自分は、地下の駐車場に行った。
 隆は、駐車場の車を取りにいったのだ。ゆ
みは、ロビーにいる良明のところに行って、
そこで一緒に、兄が車を持ってくるのを待つ
ことにした。

 今日は日曜日。

 ゆみと良明は、ゆりこ先生のうちに遊びに
行く日だ。
 ゆりこ先生とは、ゆみたちの家、アパート

メントからすぐ近くのブロードウェイで待ち
合わせしているのだ。
 ブロードウェイまでは、隆が車で送ってく
れることになっていた。

「こんにちは」

 ゆみは、ロビーに行くと、そこに、既にい
た良明とそのお母さんに挨拶した。

「先生のうちって、どんなところ?」


 ゆみは、良明に聞いた。良明は、黙ったま
ま、何も言わない。

「なんか話せばいいのに。せっかく、ゆみち
ゃんに聞かれているのに」

 それを見てお母さんは、良明に言った。

 隆の運転する車が、ロビーの前の車寄せに
停まった。良明のお母さんは、助手席に座り
ゆみと良明は、後ろの席に座る。

「ブロードウェイっていうのは、マンハッタ
ンのブロードウェイ?」

 良明のお母さんは、待ち合わせ場所につい
て隆に質問していた。

「あっちのことではなく、リバデールにもブ
ロードウェイがあるんです」

 隆は、お母さんに説明した。

 マンハッタンのミュージカルで、有名なブ


ロードウェイからそのまま直進で走ってきて
いる地下鉄がリバデールの場所にはあるのだ
が、そこのことを、この辺に住んでいる人た
ちは、ブロードウェイと呼んでいる。

 地下鉄の駅があって、その周りには、大き
なステーショナリーやお店があって便利な商
店街だった。
 ここには、日本食のスーパーもあって、こ
このブロードウェイで、ゆりこ先生と待ち合
わせしていた。

 家を出て、ヘンリーハドソン公園を越えて
坂を下ると、そこはブロードウェイだった。
 このブロードウェイを、もう少し行ったと
ころに、ヤンキースタジアムがある。
 ブロードウェイの中心の上空に線路があっ
て、そこを地下鉄が走っている。
 マンハッタンから来ている地下鉄なのだが
マンハッタン内では地下を走っているのだが
この辺まで来ると道路の上空、地上を走って
いた。駅も上空にあって、地下鉄に乗るには
階段を上がっていくのだ。


 隆は、駅の脇の道路に車を停めた。そこの
道路には、パーキングメーターがあって、停
める人はコインを入れるようになっていた。

「お金、入れなくていいの?」

 ゆみは、聞いた。

「お前たちを降ろしたら、すぐ出るから大丈
夫だろう」

 隆は、言った。

 しばらく車の中で待っていると、隆は、道
路に誰かを見つけたらしく、車を降りて、そ
ちらに走っていった。
 しばらくすると、走っていった隆が、ゆり
こ先生と一緒に歩いて戻ってきた。

「こんにちは。それじゃ行きましょうか」

 ゆりこ先生は、後ろの窓から車を覗き込ん
で、ゆみと良明に言った。
 二人は、車を降りると、ゆりこ先生と地下
鉄の駅に向かって歩き出す。


「行ってらしゃい」

 隆と良明のお母さんが、車の中から、その
背後に向かって声をかける。

「バイバイ」

 ゆみも、後ろを振り向いて、二人に手を振
った。
 地下鉄の駅の改札を通る前に、ゆりこ先生
は、二人にコインを手渡した。
 銀色の真ん中に穴の開いたコインだ。ニュ

ーヨーク市営の地下鉄やバスには、このコイ
ンで乗ることができる。
 入り口で、このコインを入れると乗せても
らえるのだ。
 三人も、このコインを入り口の機械に入れ
て、回転扉から中に入る。

 今まで駅に行くまでの道では、良明やゆり
こ先生とおしゃべりしていた、ゆみの態度が
一変して緊張する。
 ゆみは、先生の手をぎゅっと握った。


 ニューヨークの地下鉄は、いろいろな人が
乗っているので恐い電車だ。
 兄の隆は、普段から絶対に、ゆみを一人で
地下鉄には乗せなかった。
 それを知っているので、ゆみは、地下鉄で
は、しっかりと、ゆりこ先生の側から離れな
いでくっついていた。

 良明は、日本から来たばかりで、あまりニ
ューヨークの地下鉄を知らないのかどんどん
先に進んでいる。
 ゆみは、先生にそれを言った。

「良明君、こっちに来て」

 ゆりこ先生は、先に行っていた良明のこと
を呼び戻すと、良明の手も握った。
 三人が、駅で待っていると、地下鉄がやっ
て来た。地下鉄は、三人の前を通り過ぎると
はるか前の方で停まった。

「一番前に乗りましょうか」

 ゆりこ先生は、二人の手を引いて、地下鉄
の一番前の車輌にいき、そこから乗った。


 一番前のガラスから地下鉄の前方が見えて
いた。ゆりこ先生は、そこに二人を連れて行
くと、背の低いゆみを抱き上げて、前方を見
せた。

 地下鉄が駅を離れ、出発した。線路の上を
走っていく姿が、先頭の三人にも、ばっちり
見えていた。
 地下鉄は、しばらく走ると、ブルックリン
の橋に差し掛かった。
 その橋を渡ると、そこから先はマンハッタ
ンに入る。マンハッタンから先は、地下鉄は

地下を走っている。
 周りは、真っ暗になって、地下鉄は、ライ
トをつけて走るようになっていた。
 ライトに照らされた線路が、うっすらと前
方を見ていた三人にも見えた。

「おもしろい」

 三人は、薄明かりの中を走っていく地下鉄
の姿に見とれていた。
 ゆみと良明が地下鉄の先頭をながめている
のに夢中になっていると、


「着いたわ。降りますよ」

 ゆりこ先生が、二人に言った。

「はーい」

 ゆみは、良明の手を引いて、ゆりこ先生の
後を追って、電車を降りた。
 地下鉄の駅の階段を上がって外に出ると、
マンハッタンのビル街の中だった。
 そこは、マンハッタンのダウンタウンのほ
うだった。ゆみは、先生の横へ行き、先生と

手をつないで歩いていた。
 良明は一人、二人よりもはるか前のほうを
さっさと歩いていた。

「良明君、道わかるの?」

 ゆみが、良明に声をかけた。

 良明は、前に現れた小さなアパートメント
のロビーから中に入ってしまった。

「入っちゃった…」


 ゆみは、どこかのアパートメントに入って
しまった良明を見て言った。

「いいのよ。あそこが先生のうちだから」
「良明君、先生のうちが、どこかちゃんと覚
えているんだ」
「まだ一回しか来たことないのにね、よく覚
えているわよね」

 ゆりこ先生も、良明の記憶力に感心した。

「ねこ」につづく