最後の逆転

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第127回

 マリオネットは、もう既に12回目のタッ
クを繰り返していた。

「こんなに一度にタックを繰り返しやったこ
となんか、マリオネット史上一度もないな」

 オーナーの中野さんが、おもわず驚いてし
まったぐらいに、何度もタックをしていた。

 まだ若い松尾さんは、ジブの入れ換えも難
なく繰り返していたが、坂井さんのほうは、
途中で疲れてきてしまっていた。

「佳代と交代します?」

 舵を握っている隆が、少し疲れてきている
坂井さんに声をかけた。

 大丈夫です、と言いながら、しばらくは頑
張っていた坂井さんだったが、ジブの入れ換
えスピードが徐々に落ちてきていた。


「それじゃ、お願いしようかな」

 坂井さんは、そう言って、途中から佳代と
交代していた。

「彼女は、女の子なのに、スピンも上げてタ
ックもして元気あってすごいな」
「そりゃそうよ。あんたよりも、ずっと若い
んだから」

 佳代が、スピンをさんざん操作した後だと
いうのに、ぜんぜん疲れを感じさせずに、タ

ックの度にジブセイルの入れ換えを素早くや
っているのを眺めながら、坂井さんは驚いて
いた。

 奥さんのほうは、そんな坂井さんに、もう
年なんだからと坂井さんの年齢のことをチャ
チャ入れていた。

「年齢というか、慣れですよ。タックやジャ
イブとか乗り慣れてくると、だいたいどこら
へんで手を抜いたら良いのかが、感覚的にわ
かってきますから。そうすると、ずっと緊張


していなくても大丈夫になって、タックを繰
り返しても、疲れなくもなりますよ」

 隆は、坂井さん夫婦に説明した。

「さあ、3分後に最後のタックをして、この
ままゴールしますか」

 クルーたち皆のタック準備が整うと、隆は
舵を切って、タックをした。

 マリオネットは、船体の方向を変えて、ゴ

ールに向かって一直線に走っていた。

 マリオネットとは、反対の方向から、もう
一艇ヨットが、ゴールを目指して走ってきて
いた。

「ミートするかもしれないな」
「こちらがスターボードだから、こちら側に
優先権はあるけど」

 隆は、やって来るヨットに臆することなく
直進していた。


 ヨットレースの場合、船体の左側、ポート
から風を受けているヨットよりも、船体の右
側、スターボードから風を受けているヨット
に優先権があった。

 スターボードのヨットは、ポートのヨット
に対して、一声「スターボード」と声をかけ
ると、ポートのヨットは、スターボードのヨ
ットを避けて走らなければならないルールに
はなっていた。

 マリオネットとミートする直前で、そのヨ

ットは、タックをした。

 そして、ヨットは、マリオネットと同じ方
向で走って、ゴールを目指して走り出した。

「もう少し、風上に出たいな」
「ジブシートを引くね」

 隆に言われて、佳代は、メインとジブのセ
イルをいっぱいまで引きこんだ。

 その後、佳代は、坂井さんの奥さんを誘っ


て、一緒に風上側のサイドデッキに移動して
ヒールするのを必死に抑えていた。

 坂井さん、松尾さんも、佳代たちについて
サイドデッキに移動してヒールを抑える。

 マリオネットは、ゴールまでずっと2艇で
並んで走り続け、抜きつ抜かれつのデッドヒ
ートを繰り返していた。

 殆ど同時にゴールしそうだ。

 ゴール直前で、隆は、舵をほんの少し風上
に切った。
 ほんのわずかだが、マリオネットの船首が
数秒早くゴールラインを越えた。

ピーーー!

 本部艇のラッコの上から、ルリ子がゴール
のホイッスルを吹いた。

「どっち!?」
「マリオネット!」


 隆がラッコ艇上のルリ子に聞くと、ルリ子
から返事があった。

 マリオネットが勝ったようだった。

第128回につづく