おしっこ袋の使い方

ある日、突然どうやってもおしっこが出なくなった・・とてつもなく巨大なアレ- 前立腺肥大症 -との3ヶ月間にわたる大闘病記。

「泌尿器科の先生から呼ばれました」

 病室のベッドの上に腰かけてのんびりして
いると、看護師が迎えにきた。

 お風呂のあと、入院棟の受付で一時外出の
許可をもらえたので、その日の午後も、お昼
ごはんを食べた後に、自宅に帰れることとな
っていた。
 今日は、家に帰ったら、まずトイレ前の廊
下にバラまいたままの汚物を片づけなければ
と思っていた。

 汚物を片付け終わった後は、夜ずっと一人
ぼっちにさせてしまった愛猫のことをいっぱ
い抱きしめてあげなくては。そんなことを考
えていたときに、看護師が迎えに来た。

「行きましょうか」

 看護師のあとについて、自分の病室を出る
と、泌尿器科の先生がいるという診察室に向
かうことになった。


 廊下の向こうから誰か歩いてくる人とすれ
違う度に、廊下を看護師と一緒に歩いている
と、なんか自分が1人では歩けない重症患者
になったような気分になった。

「あのぅ、場所を教えてもらえたら、1人で
も行けますよ」

 私は、看護師に伝えたが、看護師が一緒に
ついていかなければいけないのがルールみた
いだった。

 看護師は、私に泌尿器科の場所は教えてく
れずに、自分が先を歩いて泌尿器科の診察室
までずっとついてきてくれた。

「こちらです」

 談話室の奥にある細い廊下の先を、真っ直
ぐに歩いていき、廊下の先にある白い壁の前
で、看護師は立ち止まった。
 看護師が白い壁の脇に付いているセンサー
に、自分がぶら下げていたIDカードを当て
ると、白い壁が音もなく開いた。


 看護師のあとについて、その中に入ると、
目の前にエレベーターがあって、そのエレベ
ーターに乗りこむ。

 看護師と共にエレベーターに乗りこむと、
エレベーターは下へと下降していった。
 下の階に到着して、エレベーターを降り
ると、また真っ白の小部屋があり、壁のセ
ンサーに看護師がIDカードを当てると、
目の前の白い壁が開いて、表の外来の診察
フロアに出た。

「なんか秘密のフロアみたいですね」
「職員専用のエレベーターだから」

 看護師は、私に答えた。

 私は、入院棟の談話室奥の細い廊下を抜
けていくと、突然現れる白い壁、IDカー
ドのセンサーで開く隠し扉、真っ白のエレ
ベーター、なんだかまるで映画「STAR
WARS」のダースベーダーの秘密基地の
中にでも迷い込んだみたいな気分だった。


 診察フロアには、大勢の患者さんたちが
自分たちの診察の順番が来るのを、廊下の
椅子に腰かけて待っていた。その患者さん
たちの前を通り過ぎて、一番奥の診察室の
前まで移動した。

「ここに座って、しばらくお待ち下さい」

 看護師に言われて、奥の診察室の前の椅
子に腰かけて、診察の順番を待つ、待とう
と腰かけるやいなや、診察室の扉が開いて
部屋の中から呼ばれた。

 たぶん自分の順番が来て、入院棟で呼ば
れたから、殆ど待たされることなく順番が
やって来たのであろう。

「とっても巨大な前立腺です」

 看護師に連れられて、診察室の中に入る
と、診察室にいた先生に、昨日若い医師に
見せられた自分のレントゲン写真を見なが
ら、声をかけられた。


「前立腺が大きくて邪魔するので、おしっ
こが出ることが出来なくなっています。
一度大きくなった前立腺は、また小さくな
ることはありません。お薬を飲んで、尿道
を広げて、またおしっこが出来るようにし
ましょう」

 先生は、私に言った。

「お薬を飲みながら、外来で、通院でおし
っこが出るようになったかを確認しながら
治していきましょう」

「その間、おしっこはどうしたら良いので
すか?」
「その袋をぶら下げたまま、家に帰って生
活すれば、おしっこはクダを通して、いつ
でも袋に出てくれるので大丈夫です。
袋がいっぱいになったら、時々おしっこを
袋から出してあげれば良いです。袋からお
しっこを出すやり方は、あとで教えてあげ
て下さいね」

 先生は、一緒について来てくれた看護師
に声をかけた。


「それなので後は、外来の通院でやるので
もう退院しても良いですよ。今日、退院し
ますか?」

 突然、先生にそう言われた。

 本当は、そのときに今日退院しますと言
えば、その日の夜からまた愛猫と共に寝る
ことも出来たのであろう。
 しかし、午後に愛猫に会えるということ
しか頭になかった私には、今すぐに退院し
てしまうと、午後に愛猫と会う予定はどう

なるのだろうという、もう会えなくなるの
ではという思いしかなかった。

 それで返事に迷っていると、

「それとも今日は、おしっこの袋の取り出
し方をレクチャーしてもらって、明日の朝
に退院しましょうか」
「はい」
「ほかに何か質問ありますか?」

私は、特に質問はなかった。


「○○ちゃんは?何かありますか?」

 先生は、看護師にも聞いた。先生が、○
○ちゃんと親しそうに看護師に声をかける
のを聞いて、この看護師さんは、きっと病
院でも人気のある看護師さんなんだろうな
と思って、この看護師さんに担当になって
もらえて良かったと思ったのであった。

「私も特にないです」

看護師はにっこり笑顔で答えた。

「それじゃ、病室に戻りましょうか」

 看護師に言われて、先生にお礼を言って
から、看護師とともに診察室を出た。また
ダースベーターの秘密基地を通って、病室
まで戻った。

「午後から猫に会いに、いったん自宅に戻
るのですけど、いつ、おしっこの袋の使い
方は教えてもらったら良いでしょうか?」
「じゃ、今から教えましょうか」
「そんなすぐわかるんですか?」


 使い方は、とても簡単だった。

 使い方は本当に簡単ですからと言う看護
師の言うとおり、本当に簡単だった。
 看護師は私をトイレに連れて行き、点滴
スタンドにぶら下がっていたおしっこの袋
(正式には導尿カテーテル)を手に取ると
袋の正面に付いているプラスチックの蛇口
の上のレバーを上に持ち上げる。
 これで蛇口が全開になったので、あとは
トイレに袋の中に貯まったおしっこを蛇口
の先から流すだけだった。

「最後の入院」につづく