手作りケーキ

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

 ゆりこ先生は、奥のキッチンに行って、そ
こにあるダイニングテーブルに座った。
 ゆみも、先生の横の椅子に座った。

 良明は一人、猫を抱き上げて立っている。

 ダイニングテーブルは、キッチンの幅いっ
ぱいあるので、ゆりこ先生は座ったままでも
キッチンに手が届く。
 キッチンの上に置いてあったパウンドケー
キを取って、テーブルに置いた先生は、パウ
ンドケーキをナイフで切って、それぞれのお

皿に取り分けていた。

「わ、美味しそう。先生が作ったの?」
「そうよ。どうぞ」

 ゆみは、お皿に分けてくれたケーキを一口
食べた。オレンジの破片が混じってオレンジ
味のするパウンドケーキだった。

「おいしい!」

 ゆみは、ゆりこ先生に言った。


「そう、良かったわ」

 それを聞いて、ゆりこ先生は安心した。

「美味しいよ」

 ゆみは、テーブルの向こうで立っている良
明に、声をかけた。
 良明は、テーブルには来ないで、猫たちと
一緒にまだ遊んでいる。

「おいで」

 ゆみは、良明のところに行って、良明の手
を引いて、テーブルに連れてきた。
 やっと、テーブルの席についた良明の目の
前でゆみは、自分のお皿の残りのケーキを食
べてみせた。
 唇についたオレンジの皮を舌でペロッとな
めてみせた。

「オレンジ味で美味しいよ」

 ゆみは、良明に言った。


 良明は、自分の前に置かれたお皿のケーキ
には、ぜんぜん手をつけていなかった。

「食べないの?」

 ゆみは、良明の分のケーキを、一口大にフ
ォークで切って、良明の口元に持っていこう
とした。学校のお昼ごはんのときみたいに、
良明に食べさせようとしたのだ。

「そんなことしないの」

 ゆりこ先生が、良明に食べさせようとして
いたゆみの手を止めさせた。

「良明君は、食べたいときには、ちゃんと自
分で食べるから大丈夫よ」

 ゆりこ先生は、ゆみに言った。

 ゆりこ先生の手作りパウンドケーキは、と
ても美味しかった。少食のゆみが、めずらし
く二切れも食べてしまったほどだ。


「美味しいのに、食べないの?」

 ゆりこ先生は、食べ終わった後のお皿を既
に洗い始めていた。ゆみが、良明のケーキを
フォークで切ってあげてから、良明の口に持
っていき食べさせようとしたら、

「いいのよ。食べない子には、別に食べさせ
なくても。良明君だって赤ちゃんじゃないん
だから」

 ゆりこ先生に遮られてしまった。

「先生、ラップありますか?」

 ゆみは、ゆりこ先生からラップを受け取る
と、良明のケーキを包み始めた。

「美味しいから、おうちに持って帰って食べ
ようね」

 ゆみが良明に言った。

 ゆりこ先生は、ゆみがケーキを包むところ
を見ながら言った。


「ゆみちゃんは優しいわね。学校でも、そう
やってランチを食べさせてあげてるの?」
「うん」

 ゆみは、ゆりこ先生に頷いた。

 ゆりこ先生は、残ったパウンドケーキを冷
蔵庫からまた出してきた。

「ゆみちゃんも持って帰る?」
「うん。お兄ちゃんにあげたい」

 ゆみは言った。

 ゆりこ先生の手作りのパウンドケーキは、
すごく美味しかった。少食のゆみが、気づい
たら二切れもたいらげてしまっていた。
 ゆりこ先生は、食べ終わった後のお皿を台
所で洗っている。

「美味しいのに、食べないの?」

 オレンジ味がすごく美味しかったパウンド
ケーキなのに、結局、良明は、自分の分のパ


ウンドケーキを一口も食べなかった。
 まるで、お預け中の犬のように、自分の分
のケーキがのったお皿の前で、静かに腰掛け
ているだけの良明だった。

 いつもの学校のお昼のときのように、ゆみ
は、良明にケーキを食べさせてあげようかな
って、ゆりこ先生のほうをチラッと見た。
 ゆりこ先生は、お皿を洗いながら、黙って
首を横に振った。
 結局、良明は、ゆりこ先生のケーキを一口
も食べなかった。

「食べないのなら、こっちで遊んでなさい」

 ゆりこ先生は、キッチンの奥にある扉を開
いた。扉の奥には、広いリビングルームがあ
った。
 ゆみも、キッチンの奥に、扉があるのは見
てわかっていたが、キッチンの奥にある扉だ
から、何か物置かディシュワッシャーでも置
いてあるのかと思っていた。
 それが中に入ってみると、とても広いリビ
ングルームになっていた。
 立派なソファを配備した大きな応接間があ


って、その向こうには大きな水槽が置いてあ
り、何か魚が泳いでいた。
 応接間の手前には、大きなグリーン色のピ
ンポン台が置いてあった。

「ピンポン!」

 ゆみが叫んだ。

「ピンポン」につづく