海上花火

横浜マリーナ会員の斎藤智氏が執筆した大人のためのクルージングヨット教室を題材にしたマリン、セイリングクルーザー小説。

クルージング教室物語

第71回

 ラッコは、夜の海に出航した。

 夜に出航するのは、夏のクルージングで、
伊豆七島に行ったとき以来だ。

 前回、島に行ったときは、港を出るとすぐ
にセイルを上げたが、今回はセイルを上げず
に機走、エンジンだけでの出航だった。

 横浜マリーナから花火の上がるみなとみら
いの海までは、ヨットでも40分から1時間
ぐらいで行ける。

 夜で、周りも暗いので、セイリングでなく
エンジンで行ってしまおうというのだ。

 今回の花火大会も、ラッコと併走する形で
マリオネットも一緒だった。
 2艇で並んで走っている。

 夏のクルージング以来、すっかり仲良くな


ってしまった2艇は、ほとんど毎週のように
一緒に行動、走っていた。

「危ないから、後ろに来て、ここに座ってい
てね」

 麻美が、自分の連れてきた友達に、ヨット
で座る場所を指示していた。
 麻美の連れてきた友達は、普段ヨットには
乗ったことがなかった。麻美がヨットに乗っ
て、横浜港で打ちあがる花火を見に行くとい
うので一緒に行きたいと今夜だけゲストとし

てやって来たのだった。

 麻美の指示で、コクピットの後ろのほうに
あるベンチに、友達たちは移動した。

「大丈夫ですか?」

 隆が、浴衣と草履で歩きにくそうなので、
移動を手伝ってあげている。

「春香って、いくつになっても可愛いよね。
ピンクの浴衣が似あっている」


 麻美が、隆がさっきからちょっと嬉しそう
に、自分の友達の女性たちの移動を手伝って
いるのを見ながら言った。

「いいよな。浴衣の女性が、ヨットに乗って
くれていると華やかで」
「本当!花火大会らしいよね」

 隆やルリ子などクルーたちも、麻美の友達
の浴衣をほめた。

「麻美さんも、今夜ぐらい浴衣着てくれば良

かったのに」
「私?私は、こういうの似合わないからいい
のよ」

 麻美は、洋子に言われて、ちょっと恥ずか
しそうに照れていた。

「えっ、麻美さんって、ピンクの浴衣とかぜ
ったいに似合いそうだよ」

 ルリ子も、ジーンズ姿の麻美を少し残念そ
うに見ながら言った。


「俺も、麻美が浴衣というか、そもそもスカ
ート着ているところ一度も見たことないよ」

 隆が言った。

「そうね。私、スカートあんまり着ないから
ね。一年で数えるぐらいしか着たことがない
わよ」

 麻美が答えた。

 ラッコとマリオネットは、横浜ベイブリッ

ジの近くに近づいていた。

 横浜では、夏になると大きな花火大会が2
回ぐらい毎年開催される。

 山下公園の前の海上、みなとみらいの前の
海上から花火は、打ち上げられる。
 打ち上げられる花火の音は、横浜市内、中
心地の多くの場所までも響いている。

 横浜市内にある少し背の高いビルの上から
ならば、どこからでも見えるぐらいに、空高


く打ち上げられる。
 横浜マリーナの施設からも、花火の一部は
近隣の建物の間から見えている。
 一部というのは、打ち上がった花火の頭の
上のほうだけが見えているのだ。

 本当はクラブハウスの窓から見えれば良い
のだろうが、残念ながらクラブハウスの窓か
らでは、横浜港の花火は見えなかった。

 その代わり、マリーナ内にある灯台をモチ
ーフにした小さな展望台があって、そこから

ならば花火の上のほうだげは少し見ることが
できた。

 でも、その展望台から花火を見ている人は
横浜マリーナ・ショッピングスクエアに買い
物に来た買い物客の人ぐらいだった。

 では、横浜マリーナに、船を置いている人
たちは、どこから花火を見ているかというと
自分たちのヨット、ボートで山下公園に出航
して、そこの海上から花火を眺めているのだ
った。


「来週、花火大会だけど、花火をヨットで見
に行く人いるか!?」

 隆は、クルーの皆に聞いた。

「はーい!」

 クルーの皆は、全員元気に手を上げて返事
した。

「私の友達で、花火を一緒に見に来たいって
人が何人かいるんだけど、誘ってあげてもい

いかな?」

 麻美は、隆に聞いた。

「いいよ。友達って女の子かい」
「うん。まあ、女の子っていっても、私の友
達だから、おばさんばかりだけどね」

 麻美が答えた。

 花火大会当日、麻美が連れてきた友達は全
部で3人だった。


 3人のうち2人は、花火大会ということで
紺や赤のきれいな浴衣を着ていた。

「うわ!いいな。浴衣かわいい」

 ルリ子は、麻美の友達が着ていた浴衣を見
て、思わず叫んだ。

「私も浴衣着てくれば良かったな」

 洋子が言った。

「クルーは、浴衣を着たら、デッキで仕事で
きなくなるから、駄目だよ」

 隆が、そんな洋子に釘を刺した。

「そうか、そうだよね」

 洋子は、ちょっと残念そうに答えた。

「でも次回、もう一回ぐらい、八景島のほう
で花火大会があるだろうから、そのときは浴
衣着てきてもいいよ」


 洋子のその姿を見て、隆が言った。

「浴衣で来たら、動きづらくてヨットで仕事
できなくなってしまうよ」
「大丈夫だよ。洋子が浴衣で来たら、代わり
に佳代が動いてくれるから」

 隆は、笑顔で佳代の肩をポンと叩きながら
答えた。

「うん!」

 佳代は、隆に笑顔で答えていた。

第72回につづく