中華料理屋さん

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

 ゆみたちは、ピンポンとかいろいろ夢中に
なって遊んでいて気づいたら、もう夕方遅い
時間になっていた。

「そういえば、大きな犬はどこにいるの?」

 ゆみは、ゆりこ先生に聞いた。

「大きな犬は、この近所の先生のお友達のと
ころにいるのよ。だから、夕食を、そこの近
くで食べて、食べ終わったら、犬に会いに行
きましょう」

 ゆりこ先生は、言った。

「ご飯食べに行くって」

 ゆみが良明に言ったが、良明は、特にご飯
に行くのは、嬉しそうでなかった。

「行こう」

 ゆみは、良明の手を引いて、玄関先まで連
れて行った。玄関にかけてあった自分のコー
トを、ゆみは着てから、良明のコートも着さ


せてあげていた。
 ゆりこ先生も、奥の自分の部屋から、きれ
いなモスグリーンのコートを着て出てきた。

「先生、かわいい」

 ゆみは、ゆりこ先生の着ているコートを見
て言った。

「そお、ありがとう」

 良明は、せっかくゆみが着させてあげたコ

ートをまた脱いで、部屋の中の猫と一緒に遊
び始めた。
 良明は、あんまり食事には行きたくなさそ
うだった。

「行こう」

 ゆみが、良明にコートをまた着させた。

「バイバイ」

 ゆみと良明は、先生のうちの猫にバイバイ


をした。良明は、まだ猫と別れるのがいやみ
たいで、玄関先で猫をしっかり抱いていた。

「ほら、エレベータ来たわよ」

 ゆりこ先生が、エレベータの中から二人に
声をかけた。良明は、まだグリーン色の猫を
抱っこしたまま立っている。

「行こう」

 そんな良明に、ゆみは、声をかけた。

「ほら、別れたくなかったら、猫も連れて帰
っていいから」

 ゆりこ先生が、冗談で言った。

「本当に。じゃ、あたしも、白いほうの猫を
連れて行ってもいい?」

 ゆみが言った。

「だめだめ。先生の大事な大事な子どもたち
だからね」


 ゆりこ先生は笑いながら、ゆみの頭を小突
いた。

「どこに行くの?」

 ゆみは、ゆりこ先生とマンハッタンの歩道
を並んで、歩きながら聞いた。

「この間、良明君と一緒に行った中華屋さん
に行こうと思ってるのよ」

 ゆりこ先生は言った。

「良明君、前に行った中華屋さんを覚えてま
すか?案内してください」

 前を歩いている良明に、先生は言った。良
明は、黙って二人の前を歩いていく。

「正しい道を歩いているということは、良明
君も、ちゃんと道を覚えているみたいね」

 ゆりこ先生は、前を歩いていく良明の姿を
確認しながら言った。


「ゆみちゃんは、中華は好き?食べれる?」
「うん。お兄ちゃんが大好きだから、よくお
兄ちゃんと食べに行くよ」

 ゆみは答えた。

 前を歩いていた良明が、交差点の角を左に
曲がって消えた。

「行ってしまった」

 ゆりこ先生と手をつないで、後ろを歩いて

いたゆみも、ゆりこ先生と共に、交差点まで
行き、そこを左に曲がった。
 先に、左を曲がったはずの良明の姿が、ど
こにもいなかった。

「あれ?良明君は・・」

 ゆみは、あたりを見渡した。

「そこの階段を上がるのよ」

 ゆりこ先生は、曲がったところにあるビル


の2階に上がっていく階段を指差した。
 その階段を上がっていくと、階段の途中で
良明が立って待っていた。

「すごい!良明君、お店の場所まで覚えてい
るんだね」
「良明君だって、この間一回しかまだ来たこ
とないはずなのよ」
「だって、良明君って頭いいもの」
「そうなの?」
「うん。うちのクラスに入るときのテスト、
満点だったんですって。ロールパン先生が言

っていたもの」

 ゆみは、ゆりこ先生に言った。

 それから、ゆみは階段の途中で待っている
良明の姿を見上げた。

「一回しか来たことなくても、もう道覚えて
しまうなんて本当にすごいね」

 ゆみは、良明のことを見た。


「いらしゃいませ」

 三人がお店に入ると、中国人のウェイター
さんが出迎えてくれた。
 ワンフロア全部を使用していて、結構大き
な中華屋さんだった。店内は明るく、内装は
バーの雰囲気とかでなく、大人向けというよ
りもファミリー向けの内装になっていた。
 たくさんある客席のうち、1/3ぐらいし
かお客は入っておらず、静かだった。

 ゆりこ先生は入り口で、そのウェイターさ

んに、三人であることを告げると、ウェイタ
ーは、三人を奥の4人掛けの席に案内してく
れた。

「ゆみちゃん、そっちに座って」

 ゆりこ先生に言われて、ゆみは、奥の側の
席に腰掛けた。良明は、その向かいの席に座
って、その横に、ゆりこ先生が座った。
 三人が席に着くと、ウェイターが、メニュ
ーを置いて立ち去った。


「何を食べようか?」

 ゆりこ先生は、メニューを見ながら、ゆみ
と良明に話しかけた。

「ここはエビチリが美味しいのよ。ゆみちゃ
んはエビチリ好き?」
「あたしは、辛いのはだめなの。あと、あん
まり量を食べられないから」
「そうか。じゃ、先生と半分っこしましょう
か。焼きそばと・・あとはどうしようか」

 ゆりこ先生は、いくつかメニューの中から
料理を選び、ウェイターに注文した。

「杏仁豆腐とか注文しようか?」

 ゆりこ先生は、ゆみに聞いた。

「うん!」

 甘いものが好きなゆみは、大きく頷いた。

「良明君は杏仁豆腐って好き?」


 ゆみは、良明に聞いたが、良明は、また黙
ったまま座っていた。

「良明君は、何も返事してくれないから、良
明君の分は、先生が勝手に注文しちゃうわ。
きらいなものがあっても、必ず何でも食べる
こと!わかったね」

 ゆりこ先生は、隣の席の黙ったままの良明
に命令していた。

「あ、どうしよう。好き嫌いとか大丈夫?」

 ゆみは、ゆりこ先生の言葉を聞いて良明に
質問した。
 注文した料理が、テーブルにやって来た。
どれも、湯気がたっていて、とても美味しそ
うな料理ばかりだった。
 ゆりこ先生が、ゆみのために、大皿に盛ら
れた料理を小皿で取ってくれた。

「いただきます!」

 ゆみは、先生から小さなお皿を受け取り、
一口食べてみる。


「美味しい!」

 ゆみは、言った。

「それはよかったわ。いっぱい食べてね」

 ゆりこ先生が答えた。

 ゆりこ先生は、良明にも、小皿に料理を取
ってくれ手渡した。でも良明は、その料理を
目の前に置いたままで一口も食べなかった。

「美味しいよ」

 ゆみは、口にいっぱい料理を頬張りながら
良明に言った。それでも、良明は、目の前の
料理に口をつけようとしないので、結局運ば
れたお料理は、ゆりこ先生とゆみの二人で食
べているような感じになった。

「ごはん、今食べないのなら、今日の晩ごは
んは、もう無しになるよ」

 ゆりこ先生は、何も食べていない良明に向


かって言った。良明は、相変わらず黙ったま
ま、目の前の料理は一口も食べなかった。

「ね、いつも学校でのランチタイムみたいに
一緒に食べようか?」

 ゆみは、良明に言って、スプーンで良明の
分の料理をすくって、良明の口元に持ってい
こうとしたが、それを見たゆりこ先生に止め
られた。

「ゆみちゃん、そんなことしないで。良明君

はちゃんと自分で食べられるから」

 ゆみは、持っていたスプーンをテーブルに
置いて、良明のほうを見た。

「食べなかったら、晩ごはん無しになるよ。
途中でお腹空くかもよ」

 ゆりこ先生は、ごはんを食べない良明に言
った。でも、良明は、何も食べなかった。

「この間、一人でちゃんと食べたでしょ」


「一人で食べたの?」
「そうよ。先生と二人で食べに来たときは、
前の席でちゃんと自分で食べたのよ」

 ゆりこ先生は、ゆみに言った。

 良明は、ゆりこ先生の横の席で、じっとし
たまま、何も食べていなかった。
 ゆりこ先生は、何も食べない良明にあきら
めたのか、トイレに立った。

「先生、トイレ行くけど、ゆみちゃんは?」

「あたしは大丈夫」

 ゆりこ先生は、お店の奥のトイレに行って
しまった。先生が行ってしまった後、ゆみは
何も食べていない良明の様子を見た。
 良明は、うつむいて、自分の前にある小皿
の料理を見つめていた。

「食べよう!」

 ゆみは、突然自分の席を立って、今まで、
ゆりこ先生の座っていた良明の横の席に移っ


てから、良明に声をかけた。
 ゆみは、良明のフォークを手に取ると、お
皿に盛られていた鶏肉をさして、良明の口元
に持っていった。
 良明は、目の前に突き出された鶏肉を見な
がら、ゆみのほうを見た。

「早くぅ、先生が帰ってきちゃうから」

 ゆみは、そう言うと、良明の口元に鶏肉の
ささったフォークを突き出した。
 良明が、そっと小さく口を開ける。ゆみは

鶏肉をその口元に入れてあげる。

「美味しい?」

 ゆみの質問に、良明は、黙って頷いた。

 ゆりこ先生は、バッグからハンカチを出す
と、手洗い場で洗った手を拭いた。
 鏡に写った自分のショートの髪型を見て、
ちょっと手ぐしで撫でた。この間、良明君と
一緒にここに来たときは、先生があんまり良
明のほうを、見ないようにしながら食事して


いたら、ちゃんと食べてくれたのだった。
 今回は、どうして良明君は、ごはんを食べ
てくれないんだろう?
 やっぱり、同じクラスのゆみちゃんが一緒
だから、恥ずかしがっているのかな。
 そんなことを考えつつ、ハンカチをバッグ
にしまうと、女子トイレから外に出た。
 少しでも、良明君にも料理食べさせておか
ないと、空腹で倒れちゃうかもって、ゆりこ
先生はトイレを出て歩きながら考えていた。

 ゆりこ先生は、女子トイレの出口からふと

顔を上げて、自分たちの席の方を見ると、ゆ
みと良明が並んで、席に座っていた。
 ゆみは、一生懸命フォークで料理を取って
良明に食べさせていた。

「ゆみちゃん、いつも学校でも、ああやって
食べさせているのかしら」

 ゆりこ先生は、しばらく女子トイレの影か
ら、二人の様子を観察していた。

「そろそろ行こうか」


 ゆりこ先生は、トイレから戻ってきて、二
人に声をかけた。
 ちょうど、ゆみがフォークで、デザートの
杏仁豆腐を、良明に食べさせているところだ
った。ゆみは、先生の戻ってきたのに気づい
て、慌てて自分の席に戻ろうとした。

「いいわよ。先生がこっちの席に座るから」

 ゆりこ先生は、ゆみの座っていた方の席に
腰掛けていた。

「ゆみちゃんは、いつも、学校のお昼も、そ
うやって良明君とご飯してるの?」

 ゆみは、先生に、そう聞かれて、怒られる
かと思って小さく頷いた。

「良明君、よかったわね。とても優しい友達
がクラスにいて」

 ゆりこ先生は、特に怒ることもなく、それ
だけ一言、言っただけだった。
 ゆりこ先生は、ゆみが良明に食事を食べさ


せるところを眺めながら、もしかしたらヒデ
キではなく、同じクラスのゆみをここに連れ
てきたのは正解だったのかもしれないと思っ
ていた。

「さあ、良明君も、ご飯、ちゃんと食べ終わ
ったみたいだし、大きい犬に会いに行きまし
ょうか」

 ゆりこ先生は、お会計を済ませてきてから
二人に言った。

「これだけいい?」

 ゆみは、スプーンですくっていた良明君の
杏仁豆腐を持って、ゆりこ先生に聞いた。
 ゆりこ先生は、黙って頷いた。ゆみは、急
いで、良明に残りの杏仁豆腐を食べさせた。

「大きい犬」につづく